初めの記憶は、暗い暗い海の底。
如何して海なのか
今となっては分からない。
全ての記憶が抜け落ちて。
目覚めた時には何も覚えてなくて。
ただ。ただ。
込み上げて来るものを。
込み上げる涙を拭う事もなく、泣き続けた。
紅の海、蒼の大地
炎が揺らめいた。
暗い暗い闇の中に明かりがぼんやりと灯る。
明かりは揺らめきながら此方へ近付いてきた。
照らされる人影が二つ。
明かりを持ち先導する者と其の後を行く者。
二人は暗闇を歩く。
1つの明かりを頼りに。
「我が主に何用で御座いますか?」
暗闇に声が響いた。
其れでも二人は驚く事無く声に返す。
「会いに来た。何度も云うたであろう?」
「・・・・・・主は就寝中です。待ちますか?」
「そうじゃな、待つとしよう」
後を行く者は笑いながら言った。
暗闇の声は其れっきり聞こえない。
辺りを闇が包み込む。
其の中でぼんやりと、然しはっきりと灯る明かり。
「ツウォン様は本当にラグゥ様が好きですね〜」
先導する者が呟いた。
後を行く者――ツウォンは闇を見て笑う。
「子が可愛くない親は居まい」
そう言って歩き出した。
『可愛い我が子』が眠る場所迄。
其処は周りより幾分明るい。
揺らめく炎が辺りを鈍く照らす。
照らされた一郭。
白い布が上下している。
其処へ足音も無く近付く影が1つ。
布は相変わらず、規則正しく上下する。
布に影が重なった。
「・・・ほんにヌシはよう寝るのう」
起こさないよう、小声で呟く。
手がすっぽり隠れた其の袖で頭をそっと撫でた。
「・・・・・・ん・・・」
少し身じろいだが起きてはいないようだ。
其れで安心したのか、優しく撫で続ける。
「・・・この手でヌシを触れぬのが残念じゃ」
少し寂しそうに呟いた。
ツウォンは自分の手で子に触れることが出来ない。
触れることは其の子の自我を奪う事になるからだ。
知らずにやって、後悔した。
二度とやるものかと心に決めた。
親が、子に
如何してそうなってしまったのか、大凡の見当はついている。
大空を徘徊する者。
彼の仕業だと。
「次は必ず儂が守ってやる・・・ラグゥ」
空の思い通りになど、させるものか。
小声で呟いた、つもりだった。
「・・・・・・空?」
声と共に白い布が起き上がる。
白に包まれた場所から赤黒い色が現れた。
「起きたか」
「・・・また来たのか。ツウォン」
「"親"に"おはよう"くらいは云うものぞ?ラグゥ」
起きたてのぼんやりとした顔でラグゥはツウォンを見た。
「・・・・・・おはよう」
「おはよう」
何気無い起きた時の挨拶。
然し、ラグゥにとっては何気無くなかった。
記憶を全て失った彼には毎日が新しく見え、毎日が勉強。
『おはよう』もつい最近覚えたばかり。
力を抑え、年端のいかない幼い姿をしているツウォンより幾分年上の外見。
ツウォンに作られた時の姿。
其れも最近おぼろげに思い出したもの。
「ツウォンも飽きないな・・・毎日こんな所に来て」
「親は子が心配なのだ。来て当然だろう・・・欲を言うなら共に暮らしたいところだが」
無理だろう?
目で問う。
ラグゥは無言で頷いた。
「・・・水は・・・・・・あまり好きじゃない。空よりはマシだけど」
「空?」
「空を見ると嫌な感じがする・・・何か嫌な事を思い出しそうだから・・・・・・嫌い」
言ったきり、黙る。
静寂が辺りを包み込んだ。
「でも」
静かに、ラグゥが口を開いた。
ツウォンは見ずに俯いて。
「夜空は、好き」
「夜空?其れは又、何故だ?」
俯いた侭、ポツリポツリと言葉を綴る。
「・・・・・・星が・・・綺麗、だから」
星。
ほんの偶に夜に外へ連れ出して、星を見せる時がある。
ラグゥは物珍しそうに、飽きる事無く、夜空に浮かぶ星を眺めていた。
星は好きか?と問えば、あれは星というのか、と何処かぼんやりとした面持ちで答えた。
「星の王を覚えているか?」
「・・・星の・・・王?」
ラグゥはきょとんとしている。
「まぁ・・・儂の事も含めて、全て忘れてしまったからのう・・・星の王の事も忘れて当然か」
少しだけ寂しそうにつウォンは呟いた。
「・・・でも、ツウォンの事は少しずつ思い出してきた・・・・・・だから、其の人の事も・・・」
「そうだな、奴も思い出して貰った方が嬉しいと思うぞ。ヌシの友だからな」
「"友"?」
「親しい間柄・・・親とは又別のな。ヌシも結構奴に懐いて居ったからな」
軽く嫉妬を覚えた事は秘密だが。
「・・・そう、か・・・・・・会ってみたいなぁ・・・其の人に」
ラグゥは相変わらずぼんやりと虚空を見詰めた。
彼は元からぼんやりする事が多かったが、記憶を失ってからは更に傾向が強くなった。
「奴は気まぐれだからな、其の内ヒョッコリと来るだろう」
そう言ってラグゥを撫でた時だった。
「・・・・・・・・・あ・・・」
ふと、ラグゥが顔を上げた。
「如何した?」
「・・・・・・誰か、来た・・・」
そう云い、ツウォンの服を握る力が俄かに強くなった。
人見知りではなく、純粋に、ラグゥは他人が怖いのだ。
初めは"親"であるツウォンにさえ、怯えて近付かなかった。
時間をかけて少しずつ、少しずつ慣れさせた。
今は普通に話をし、傍目から見れば"親子"に見えなくも無い所まで来た。
暗闇に、ポツリと一つ、明かりが灯った。
明かりはゆっくりと近付く。
そして明かりはぼんやりと灯りながら、ラグゥの目の前で止まった。
服を握る力が一層強くなった。
「・・・久しぶりじゃな、ホシカゲ」
『ああ、久しぶり・・・ツウォン、ラグゥ』
頭に直接響く、声。
ラグゥは呆然と、声の主を見た。
外見はラグゥと同じくらいの子供。
「・・・星の・・・・・・王・・・?」
『僕にもちゃんと名前はあるよ。ホシカゲってね。
ラグゥ・・・記憶を失ったと言うのは・・・本当、なんだね』
「・・・ごめ、なさ・・・」
『謝らなくても良いよ。僕は怒ってるわけじゃないから』
ホシカゲは優しくラグゥの頭を撫でた。
「今日は何用で参った?空の動向でも伝えに来たのか?」
『其れもあるけど、ラグゥの様子が気になったからさ。君に聞いても答えて呉れないし』
「・・・・・・・・・・・・?」
二人を取り巻く空気が少し変な事に気が付いたのか、ラグゥは首を傾げた。
然し二人が如何云う関係なのか、生憎記憶喪失なラグゥに知る術は無い。
状況を見守るしかないのだ。
「・・・二人は・・・・・・仲、悪いのか・・・?」
「え」
『あ、いや・・・』
ぼんやりと聞いてくるラグゥに二人は声を詰まらせた。
「・・・・・・変なの・・・」
答えない二人を見て、ラグゥはポツリと呟いた。
寝床から出て、のんびりと何処かへ歩いて行ってしまった。
「仲・・・ねぇ」
『悪いわけではないよね?アレよりは』
「言うな。アレは糞だ」
『うん。分かってるよ』
ラグゥが歩き去った方を見て、二人は呟く。
記憶喪失の原因。
分からない訳では無かった。心当たりがあった。
「空、か」
そう、空の王。
『多分ね。かなりラグゥにご執心だったから』
他人に対する恐怖を植え付けるほどに。
「アレは行き過ぎだ」
一人になることを異常に怖がるほどに。
『昔から仲悪かったけど、ラグゥが生まれてからは更に悪くなったね』
相見えれば血を見るほどに。
「顔も見たくない。声も聴きたくない。あの子に此れ以上辛い思いをさせたくは無いのだ」
泣き声が耳から離れないほどに。
『そうだね』
記憶を失っても空を怖がるほどに。
「今度こそ、あの子は守る」
『うん』
「・・・・・・あの子・・・?」
居なくなった筈の声が後ろから聞こえた。
驚いて振り返ると、慣れないのか震えながら二つの湯飲みを載せたお盆を持ってラグゥが立っていた。
「ラグゥ・・・?何をしておる?」
「・・・何って・・・お茶。ツウォンが"お客には茶を出すものだ"って、言うから・・・」
『其れで、淹れてきて呉れたの?』
頷いて湯飲みを渡した。
「淹れたのは・・・レギだけど・・・・・・俺はまだ、上手く出来ないから」
ポツリと、ほんの少し悔しそうに呟いた。
「まぁ、良い。少しずつやっていけば良い。時間はたっぷりあるのだからな」
『そうだよ。焦らないでゆっくりやっていこう』
そう言われ、二人に頭を撫でられ。
照れ臭そうにチラリと視線だけを上げて。
「・・・うん」
記憶を失って初めて、陸の王は笑った。
終わり。
エメラルド伝説組。
色々と趣味に走ってますが何か。
グラードンのラグゥとカイオーガのツウォン、ジラーチのホシカゲ。
え?レックウザ?居ますよ。
居るんですけど、設定的に彼ら3人(主にツウォン)と破滅的に仲が悪いので今回は出てきてません。
ラグゥはツウォンに作られた存在。二人は親子です。
ホシカゲはラグゥとツウォンの友達。
まだラグゥの記憶喪失が治ってない頃なので、ラグゥはかなりぼんやりしてます。
記憶が戻ってもぼんやりしてるんですがね・・・
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