本を開いた。
其処には全てが書いてある。
今迄の事。
此れからの事。
そして、知りたくも無い事。
けれど知ってしまった。
否、知らなければならなかった。
其れが、自分に出来る唯一の事だったから。
名残緋雪 歌女
「目も耳も」
「そう、使い物にならないわ」
暗い部屋の中で声が二つ。
浮かび上がるのは互いの目。
「・・・・・・私がするのね」
「ええ・・・貴女がするのよ」
声は二つとも哀しく。
か細く。
泣く程で。
「でも、貴女はあの子を守る為にするのよ。其れに貴女だからこの事を教えたの」
「あの子は・・・恨むんでしょうね、私を」
何を云っているのか。
其の頃の自分は未だ幼くて、良く分からなかった。
厠へ起きて、声に気付いて、そっと聞き耳を立てた。
聞いてはいけないと、何処かで声がした。
けれど好奇心にかられて聞いてしまった。
「露斗」
不意に名前を呼ばれて驚いた。
「なに?」
其の人は泣きそうな顔で俺にこう云った。
「あの子の支えになってあげて?あの子を救えるのは、貴方だけだから」
あの子とは、誰なのか。
「お願い・・・露斗、あの子を・・・雅緋を守って」
聞いた事も無い名前だったけれど。
「うん、やくそくするよ。おれ、まもる。ぜったいにまもるから!」
そう云っている自分が居て。
少しだけ、微笑んだ母親が居て。
そして。
今にも泣きそうな顔の雀澄女姉が居た。
「むぅ〜〜〜・・・やけに昔の夢見ちゃったなぁ」
天井を見詰め、露斗は一つ欠伸をした。
ぼんやりと少し霞んだ視界でのそりと起き上がる。
障子を開けると、丁度其処には
夢の中で自分が守ると約束した雅緋が仏頂面で立っていた。
「おはよ〜、みやちゃん。朝一番にみやちゃんの顔を拝めるなんて〜。
今日は良い日になりそうだね」
「・・・・・・・・・朝っぱらからふざけた事ぬかしてんじゃねぇよ」
何時もの不機嫌丸出しの声で雅緋は云う。
そして何かを露斗に差し出した。
「ん?」
差し出されたのは、矢と文。
「朝、門の所に刺さってた」
矢からも文からも異質なモノを感じる。
何処かで感じた。
異質な何か。
「あの時のと同じだ」
「あの時?」
「六条で会ったあいつと」
そう云って雅緋は踵を返した。
然し直ぐに立ち止まる。
「・・・・・・次は五条だとよ。御丁寧に報告して来やがった」
「そっか」
「・・・・・・・・・・・・・・・同じヘマはしない」
「そうだね」
露斗は自分に言い聞かせるように呟いた。
「ぱんぱかぱ〜ん。今日はね〜、にゃんとぉ朝御飯が納豆なんだよ〜」
居間に入ると同時に間の抜けた声がした。
現当主の威波だった。
威波は何よりも納豆が好きなのだ。
御蔭で納豆が出た日は、ことのほか上機嫌である。
「威波兄は本当に納豆が好きだねぇ〜」
「にぇ〜〜。そうなの〜」
威波はのほほんと笑って納豆を食べていた。
鼻歌まじりである。
余程納豆が好きなのだろう。
「ん」
「にぇ?みやちゃん、納豆呉れるの?」
突然、雅緋は納豆を威波に差し出した。
威波の問いに雅緋は軽く頷いて一言。
「めざし」
納豆とめざしの交換をしたかっただけだった。
「みやちゃんってば、納豆嫌いなの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ダメですよ、雅緋兄さん。ちゃんと食べなきゃ」
「あ、俺も納豆欲しかった〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
次々と立て続けに云われ、雅緋は何も云う事が出来なかった。
が、青筋を浮かばせ、手には何故か既に槍が握られている。
臨戦体制だった。
「わわわっ、みや兄ちゃん!槍を振り回すのは危ないよ〜!」
「そうですよ!仮にも今は朝御飯の時間ですよ!?僕たち、そんなに酷い事云いましたか!?」
制止の声を聞かず、雅緋は無言で槍を振り回した。
的確に相手を狙い、食べ物には一切被害が無い。流石だった。
「んもぅ!みやちゃんったら、むくれちゃって〜。可愛いんだからvv」
「うっせぇ!!!」
ガスッ
「ふぐぉっ!」
痛恨の一撃だったらしく、露斗は目を回して倒れてしまった。
「・・・・・・・・・・・・ふん」
露斗を一瞥して、雅緋は槍をしまった。
其の時。
「にぇ〜〜〜。みやちゃん、お部屋の中で槍振り回しちゃダ〜メ。分かった?」
そう威波は云いながらコツンと雅緋の額を小突いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・ぅ・・・」
気迫に負け、渋々頷いた。
何故か雅緋は威波に勝てない。
彼自身、勝とうとは思っていないのだが。
仮に勝とうとしても十中八苦、負ける事が雅緋には分かっていた。
「にぇ〜。んじゃあ、御食事再開ね〜」
未だ目を回している露斗を放って置き、食事を再開する面々。
イツ花が必死に露斗を起こす迄、彼等は起こそうともしなかった。
雅緋の部屋で露斗はむくれていた。
誰も自分を気遣って呉れなかったのが如何も嫌だったらしい。
「酷いゾ〜、みやちゃん。本気で打つなんてさ〜」
「あんたがそうされても文句云えない事をしたからだろう」
「むぅ〜〜〜」
露斗は頬を膨らませた。
然し其れも長くは続かず、次の瞬間には何時もののほほん笑顔に戻っていた。
「ねぇねぇ、みやちゃん」
返事が返ってこない事は承知で声を掛けた。
予想通り、雅緋はチラッと見ただけで何も云わない。
「今日、何時頃で掛けようか」
「・・・・・・さぁな。あいつ、昼間からでもやっていただろう」
「其れなんだよね〜。でも、未だ五条では何も起こってないみたいだよ」
「・・・探らせているのか」
「うん、あの子がそうさせて呉れって云ったからね」
露斗は窓の外を見た。
五条に放している一匹の狸。
今はもう立派な幽霊狸は露斗の友人である。
「・・・・・・・・・幽霊だからって、のんきに構えてられないだろ」
「うん。だからさ、早速行かない?夕御飯買って五条をフラフラするの」
露斗はもう行く気満々らしい。
ちゃっかり財布も持っている。
勿論、愛用している刀も。
「フラフラはしない。見付けて叩きのめす」
そう云って雅緋は立ち上がった。
「そう云う訳だ。今回は悪いが二人で行く。お前は万が一の為に家を守っておけ、春輝」
「おや、バレてましたか」
罰の悪そうな顔をして春輝が部屋に入って来た。
「御免ね、春輝」
「良いですよ〜。僕はちゃんと家を守っていますから。若しかしたら本体が来るかも知れませんしね」
「そうでない事を祈るけどね〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
雅緋は無言で部屋から出て行った。
「あ、待ってよ〜、みやちゃぁ〜ん」
「いってらっしゃぁ〜い」
京には村雨が降っていた。
二人は傘を差し、並んで歩いた。
何時も通り、露斗が話し、雅緋が聞いて。
他愛も無い話をポツポツと。
「大丈夫だよ」
唐突に露斗は云った。
其の言葉に雅緋も露斗の方を向く。
「何が」
「大丈夫。みやちゃんは俺が絶対に守るから」
「絶対なんて事は無い」
冷たく云い放つ。
そして小さな声でポツリと呟いた。
「・・・・・・・・・・・・お前の事は誰が守るんだよ」
「え?そりゃあ、みやちゃんさ〜。俺の事、守ってね〜☆」
「断る」
存外明るい声で露斗が云うものだから、雅緋は何だか馬鹿らしくなった。
其れでも
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、最低限は守ってやる」
「うん。ありがと、みやちゃん」
目指すは五条。
村雨降る京にて。
雲の合間から、赤い月が嗤っていた。
終劇
はい、続きです。
又しても訳の分からん方向に行ってしまって申し訳ないです。
何処が血生臭いんでしょうね?
あ、露斗が殴られたトコでしょうか?
う〜〜〜ん・・・。血生臭いのは次回ですから(←言い切った)。
初めに出て来たのは露斗の母親と雅緋の母親です。歌南さんと雀澄女さん。
歌南さんは威波の前の当主です。ちょっぴりサイコさん。
色んなモノが見えるのです、彼女。
次回には・・・とりあえず、決着を付けないと。色んな事で。
では、まだまだ続きます。
ええ、マジで。
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