― tocco ―
自室で、着替えを用意した。
気に入らずにクロゼットの中を掻き回し、何度か出し入れ、肩部分を持ち上げて服とにらみ合った。
結局、ギアッチョはラフで動きやすい恰好を選ぶ。苦労など微塵も感じさせない、自然な格好だ。
すぐに飛んでいきたいのを堪えて、自分のかいた汗が臭いはしないか、と襟を引いてふんふんと鼻を鳴らす。
気にはならない。そんな事を気にした事も無いギアッチョだが、それでもシャワーを浴びにバスへ向かった。
あいつは、鼻がいいから。
ぬるま湯を浴びるギアッチョの脳裏に浮かんだのは、先程リビングで呑気にコーヒーを啜っていたホルマジオの姿だ。
アジトには、他に誰もいない。仕事が早く片付き、アジトへ帰ったら
「おかえり」
と、予想もしない声が一つ掛って、ギアッチョは「ただいま」を言うのに数秒の時間を要した。
二言三言、言葉を交わして、自分の部屋へ飛び込んだギアッチョは自然に緩む唇を噛んだ。
バスから出ると、タオルで大雑把に水気を拭いて服に袖を通す。引っかかる肘がじれったくて仕方ない。
服の皺を伸ばすまでに、空想はエスカレートする。
さり気無く誘って、カフェに行こうか。二人だけで外出なんて久しぶりだ。
買い物に付き合ってもらうのも楽しそうだ。あいつのセンスで新しいシューズを選んでもらいたい。
食事がまだなら、珍しく俺が作っても構わない。我儘を言って作ってもらうのもイイかもしれない。
ギアッチョが思考を終わらせぬままリビングへ着くと、ホルマジオは空のカップを棚へ片づけているところだった。
キッチンからロングソファに落ち着いたホルマジオの隣へ、ギアッチョは早足で寄ると勢いよく座った。
自分の居場所を主張する剣幕に、ホルマジオが笑って横にいるギアッチョの髪を撫でた。
水気を含んでいつもより大人しい癖毛。指の腹で髪束を擦る。
「きちんと乾かせ」
面倒くさい、ぽつりと答えたギアッチョから石鹸の香りがして、ホルマジオは再び笑った。
暢気な笑いに催されるように、ギアッチョは息を吸って横を向いた。
「カフェ、行かねぇ?」
「コーヒー飲んだし、俺はいい」
「飯、食った?」
「外で済ませた」
「俺、まだなんだけどよ」
「ピザでもとるか?」
「…………………」
ギアッチョが無言で、ホルマジオの膝に頭を乗せて寝転がった。拗ねている、と全身で表現する。
ホルマジオは猫でも乗せている様にして、膝の上のギアッチョに言った。
「髪が冷てェ、腹が冷えちまう。膝も濡れる」
自分は随分と、ガキっぽい事をしている、とギアッチョは思った。
悔しいが、こういう風に振る舞えばホルマジオが優しく扱ってくれる事も、確かなのだ。
ぐりぐりと頭を擦りつけると、くすぐってぇ、と窘められ、髪をくしゃくしゃにする掌が与えられる。
「拭いてやる、起きろ。ギアッチョ。タオル持ってこい」
「いらねー」
寝がえりをうってホルマジオの脇腹に軽くキスをする。 繰り返すと、ホルマジオが脚をばたつかせてギアッチョの頭を押さえた。
「こら」
ギアッチョを小突いて、ホルマジオは息を吐くと意味深に、語尾に笑いをつける。
「髪を乾かして、それから部屋に来いよ」
「…」
膝からホルマジオを見上げ、台詞の含みを悟ったギアッチョは口を開閉し、何も言えず赤面した。
硬直したギアッチョの頭をぽんと一つ手で叩いて、ソファから立ちあがせる。
タオルとドライヤーを求め洗面台へ急ぐ後姿を、頬杖をついたホルマジオが愉快そうに見送っていた。
ギアッチョにやや遅れ、リビングを後にしたホルマジオは自室の扉を開いた。
ベッドへ寝転がり、無意識にジャケットから煙草を取り出そうと探った手を、止めた。
何をするでもなく、口寂しいと感じながら天井を見ていると、早い足音が部屋に近づく気配を感じた。
小さく可愛らしいノックの音を、態と無視する。
焦れる声に「ホルマジオ」と呼ばれ、笑いそうになった。あと少し返事をするのを遅らせよう。
ノックが強く、苛立ちを伝えて乱暴になる。今度こそ声を出してホルマジオは笑った。
ドアノブを一度も回そうとしないギアッチョが可笑しかった。
その扉に、鍵は掛けていない。
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