私のこと、忘れないで。決して忘れたりしないで。
例えこの身が朽ちても 貴方の思いがなくなってしまっても

絶対 絶対 忘れたりしないで―――






忘れな草






「ねえ、あんたは華についてちょっとは知識あるんでしょ?」
「ああ、まあなー。…ちょっとだけ」
とある昼下がり、仕事も早くに終わって、孤児院に遊びに来たティトレイに、たまには家に遊びに来ないか、と誘われた。孤児院で共に働いている女性が気を利かせて、行って来てらっしゃい、と進められた。そんな事は出来ない、と断ったのだけど――後ろで傷付いてガーンと変な効果音が出ているように、ヘンテコな表情で悲しみを訴えている莫迦がいたものだから、仕方ないかと来たのだ。…別に、嬉しくないと言う訳では…ない、のだけれど。
ティトレイの言う事によると、セレーナさんはミナールの方へしばらく出かけるらしい。
だったらアンタ一緒に行って来れば良かったじゃない、と言ってみたが、仕事があるから行けなかったんだよ!といかにも残念そうな顔で訴えてきたのでどうかと思った。相変わらずシスコンぶりは健在のご様子だ。
それで、そのシスコンぶりを自慢されるのたまらないので、そこらにあった華の本を発見し、こう言う話題に至る。
手にした本をぺらりとめくると、花の写真が大きく載っていた。それで、その華の特徴やら、何科やらとかが書いてある。そして、その下に花言葉が。
ティトレイと一緒にそこらに座り、本をティトレイが見れないように自らの顔に押し付けると、口を開けた。
「クイズ、出してみようか」
フフン、と不適に微笑んでティトレイにそう言ってみた。しかしティトレイは「そんなに詳しい訳じゃないぜ」と答える。当てる自信はあんまりないようだ。でも――弱気なコイツを見るのもなんだか不愉快なので、じゃあ一度だけ見て覚える時間あげるわよ、と本をバシッとティトレイの頭に押し付けてやった。
「いてっ!何するんだよ!」
「見なさいよ。あんたが弱気だとなんだか変な感じだわ」
「なんだとー」
機嫌を損ねたような顔をして頭に押し付けられた本を取り除いて、膝に置いた。そして、ぶつくさ文句を呟きつつも本を開き、暗記を開始したようだ。
意外と早いペースでパラパラと本のページをめくっていく。あっと言う間に本は閉じられてしまった。
「ホラ、見たぞー」
「じゃあ、いいかしら?」
「おう」
こちらに渡された本を受け取り、ぺラリと開く。何処でも適当で良い、色んな華を、出来るだけ彼の予想のつかない華を捜して。
ピタリと手を止め、この辺で良いかと思うと、早速クイズの始まりだ。
「じゃあ――スノードロップの花言葉を」
「えっと…希望だ!」
「…正解よ」
意外とすんなり応える。そして正解だ。それがなんだか悔しくて、次のクイズになる花を探した。
「じゃあ次ね。…フリージアは?」
「未来への希望、だ!」
「…正解」
「これさ、なんか俺達の事みたいだよな。ユリスと戦ってた頃の」
「…本当ね」
よく覚えてるわね、と思いつつ微笑み返す。そんな会話を挟みつつ、クイズは続けられた。
「エーデルワイス」
「貴い記憶」
…その花言葉を聞いた時に、ちょっと試練を受けた頃の自分を思い出したけど。気にせずに、振り払うように首をちょっと振って、ページを開いた。
「梔子(くちなし)は?」
「えっと…、あー…あー…っと…楽しい、日々?」
「…チッ、正解よ。ギリギリだったわね」
「ふいー、助かった…ってかヒルダお前今舌打ちしただろ?!」
「気のせいよ」
実際には気のせいではないのだが。しかし、彼が正解したのが惜しかった気がした。流石に本を一度見ただけでこんなに正解を言われちゃなんだか悔しいのも無理はない。出来るだけ間違えさせようと、難しいのを選ぶ。
「じゃあ、シレネでどう?」
「っとー…、青春の息吹!」
これまた当てられた。よくもまあ働く脳だ、と思う。
「月桂樹」
「勝利の栄光!」
しまった、これはコイツが好きそうなものだ。とちょっと心の中で毒ずく。
「ストロベリーキャンドル」
「幸運を呼ぶ!だ!」
ニッコリ笑って答えを言う。どうやら本領が発揮されてきたようだ。
しかし、こっちはさっきからずっと悔しいままなのだ。どうにかして間違えさせようと、ちょっとやっきになってしまう。ぺラ、とめくってそこにあった華の名をすぐさま口に出す。


「じゃあ――忘れな草」
「…私を忘れないで」



「………。」
まともに見ないで問題を出した為か、なんだかその花言葉を言われて初めてその言葉の意味に気付く。
忘れないで、って。なんだか自分が懇願しているような感じだ。それでいて切ないのは何故だろう。
「私を忘れないで、か…」
思わずぽつりと呟いた。隣どおしで座っている為に、この呟きはティトレイに嫌でも聞こえてしまったようだ。ティトレイは無言で考え込むヒルダの表情を疑っている。しかし、ずっとヒルダがそうしていたのでやっきになったのか、いきなり呻いき出した。
「だーっ!もう!心配しなくても俺達にはそんな言葉関係ないっての!」
でもヒルダは皮肉めいた顔をしてこちらに言い返してきた。
「あら、そうかしら?――もしかしたら、って事もなくはないと思うけど?」
生憎、ティトレイはそんな考えを今までこれっぽっちも考えていなかった。だいたい、彼女から「私を忘れないで」なんて言われても、忘れる気は到底無い。
つまり、ティトレイにすればそんな言葉、無縁と言っても当然、と言う感覚なのだ。
それなのに、ヒルダがそんな事を考えているなんて。何故かそう考えて無償にイライラしてしまう。
「なんだよ、ヒルダは俺が信じられないのか?」
「信じてない訳じゃないわ――ただ、未来には何があるか分からないってこと」
「つまりは信用してないんだな」
「だから、違うわよ…」
彼女の言葉ひとつひとつが皮肉混じりなのはいつものこと。だけど今日は何故かそれが妙に鼻につく。
宣言はしていないが、もうつきあっていると言っても当然のこの関係。今更心配されるのは悔しいのかもしれない。
いや―――ただ、彼女が自分を信じていないかもしれないと言うショックからなのか。
ふつふつと怒りこみ上げるティトレイの脳内では到底答えは見つけられなかったけど。
「――っ、もういい。ヒルダがそんなことなかったって認めるまで口聞かないからな!」
「…別に私はいいんだけど。」
「…う゛」
脅すように言い切ったものの、至って冷静なヒルダの反応にティトレイは顔を顰めた。そう言えばいつも最初に話しかけるのは通算してみれば自分からだったような気がする…、と思った。
しかし、ここで退くわけにはいかず。
「じゃあ、もう料理作ってやらねぇ!」
「…料理がないのは困るわね」
ずで、とつい滑り転げてしまいそうになる体を必死で止めた。自分じゃなくて料理か!と心の中で思い切り突っ込む。脅しは効いたようだが、これで良かったのか悩む所だ。
「それより、さっさと体勢を整えてよ。次の問題にいきたいんだから」
そう言えば花言葉の問題出されてたっけ、と先程のやり取りを思い出した。
どうやらヒルダはまだティトレイが間違えてない事について悔しさを感じているらしい。ティトレイが間違えるまで気が済まないようだ。ぶつくさ文句を呟きながらヒルダに言われたとおり体勢を立て直す。なんだかヒルダの方が一枚上手の様で気に入らない。
顔を不機嫌そうに歪めて、ティトレイはヒルダの方をじーっと見た。
さっきから、本当に気に入らない。
これが一応恋人に対する態度なのか――と言うぐらい、彼女の態度はずっと変わらない。
まあ、いきなり変わっても困るのだが、想ってくれてるとかをもうちょっと記して欲しいと言うのは我侭なのだろうか。
まるで自分だけが想ってるみたいだ――とティトレイは思った。
「…どうしたら信じて貰える?」
「だから、別に私は信じてないって訳じゃないって言ったでしょ」
嘘つけ、と心が皮肉めいたように疼く。こんなの自分じゃないみたいだ。
「じゃあなんなんだ?」
「何も――ただ、言葉が気に掛かるだけ」
「さっきはどうなるか分からないとか言ってた癖に」
「違うわ、それはあんたじゃないわ。私がどうなるか分からないってことよ」
異様に頭にひっかかる言葉を耳にし、ティトレイは何故、と聞き返した。
「…あんたは強いわ。でも私はあんたみたいに強く生きていけない。いつか道を踏み外すかもしれない。だから、あんたは大丈夫でも、私に明るい未来は――もしかしたらないかもしれない、ってこと」
そう言った彼女の表情は、ひどく切なそうで、弱弱しくて。
一瞬、脳裏が真っ白で何も思い浮かべられなかったけど――すぐに、正気を取り戻してヒルダの両肩を掴んだ。
そうしたら少し俯き加減にヒルダがこちらを見る。それを確認して、口を開いた。


「馬鹿野朗、お前はそんな風になるわけないだろ。俺が保障する。それに――もしそんなことしたって、俺が絶対明るいところに連れ戻して見せるからな」


一瞬、ヒルダが吃驚したような表情をしたけど、すぐに穏やかな表情になった。
そして、そのままティトレイの胸の中にぽすんと収まる。
そっと背中に手を回し、そのぬくもりを感じていると、ティトレイの手がヒルダの顎に触れ、ぐいと持ち上げる。
もう次の瞬間にはティトレイと自分の唇が重なっていた。
「ん…、んんっ…」
いつものようにただ触れるだけではなく。角度を変え、吸い付くように唇を這い回る。
背中に回した筈の手を、思わずティトレイの肩に置き直して、苦しいほどに引き寄せられる腕に抵抗する。
でもそんな行動は虚しくて、より一層深まるばかりだった。
真っ白だった脳裏も、口の中に舌が入り、音を立てて這い回れば、無理矢理にでも目の前の光景に引き戻された。
「――んっ…、ふっ、はあっ…ん…ちゅ…むぅっ…」
勝手に出る、自分でも聞いた事のない色っぽい声に、内心とても吃驚した。でも、それは決して止まる事は出来なくて、寧ろ止まってくれやしない――とでも。
絡み合う舌だけが異様に熱っぽくて、くちゅくちゅと水音が立つ度、頬が火照る。指が素直に反応するようにがくがく、と小さく震えだした。
「あっ…」
口内を這い回っていたティトレイの舌が、つーっと唇から首筋へと写る。
ぞく、と悪寒にも似た感触が走り、思わず少しばかり背を反らしてしまった。
その間に、首筋でぴたりと止まった舌が、いきなりそこを強く吸い立てた。
「…うんっ!!」
我慢しようと唇を噛んだものの、それでも漏れた声がくぐもった様に出る。
体中の先へ先へと、何かが駆けて行く感触がひどく伝わってきた。それと同時に、心の奥からなんともいえない戸惑いが込み上げてくる。
「や…めて…ティトレイ…っ」
「…もう止まらないぜ」
思わず足を足掻くようにバタつかせたが、それはすぐにティトレイの強い力によって抑えられてしまう。
別に嫌な訳ではない。ただ、ティトレイの家は玄関からすぐに家の中、となっていて、いつ誰かに見られるか分からない。恥ずかしさで一杯になってしまって、顔が自分で分かる位熱く火照った。
「いくらなんでも、ここじゃ…駄目よ」
「逆にスリルがあって良いだろ?」
なんて無責任な…!と無償に拳に力がこもる。ティトレイは別に良くとも、自分は全然そうではないのだ。
それに、この光景が誰かに見られでもしたら金輪際ペトナジャンカの町を歩けたもんじゃない。
ぶるぶると震える手で、がし、と隣に落ちていた華の本を掴み、お仕置きでもくらわすように、思いっきりティトレイの頭に叩きつける。
「いでっ!!!」
バシコーン!と気持ちの良い音と共にティトレイの叫びが一緒になって木霊していった。



デリカシーのないこの男に。まさに、天誅。





「ヒルダ〜機嫌直せって〜…」
「何言ってるのこの馬鹿」
ヒルダはあれからずっと機嫌を損ねっぱなしだ。ティトレイが必死に説得しても、そっぽを向いたまま見向きもしない。
「悪かったって、反省してる!」
このとおり、と言葉を付け足して、ティトレイが顔の前で両手をパン!と打ち鳴らす。前々からティトレイが謝る時の癖みたいなものだ。旅をしている時にも、数回やったのを見た事がある。ティトレイの方を見なくてもどんな顔してるとか、どんな風に謝ってるかとか、すぐに想像出来てしまう。これだから単純な男なんだ、と思い口の端がくっと動いた。
「………」
ちらり、とティトレイの方を見る。別にまだ許した、と言うわけではないが。
ただ、呆れただけ。顔が見たかっただけ。
そ〜っとティトレイが閉じていた目を開けて反応を窺う。その際に眼があってしまったものだから、ティトレイったら許す気があるのだと誤解したらしい。その証拠に、ぱあっと顔が輝いた。その子供っぽいような無垢のような顔を見せ付けられて、ヒルダは思わず眼を細めた。
未だに手にしっかりと持っている華の本を、もう一度、けれども弱めに、べしとティトレイの頭に叩きつける。
「って!何するんだよ〜…」
さすさす、と頭をさすり、同時にそのまま打ちつけられたままの本をぐいと手で避ける。そうすると、そっぽを向いているものの、ほんのり赤いヒルダの顔が見えた。
恐る恐る、話しかけてみる。
「…許してくれたんだって、思ってもいいのか?」
「…今回だけね」



続きは、今夜にとっておこう。
そんな約束を彼に言われて、もう一度。今度は素手でわざとらしく叩いたのも、また、事実。
キスされた首筋に触れて、密かにときめく自分にもまた、一喝。










あとがき。
やっと出来上がりました〜!ティトヒルR指定小説。
なんだか糖度が足りないと思うのは気のせいでしょうか…。年齢制限かかるの駄目だ!と思ってセーブし過ぎたかもしれません;(え
それになんだか文章が私らしくないですね…。テスト前&スランプ時に書いたのがアレだったかしら…。
次、書くと本気で危なそうです(えええ


*この小説に感想を送って下さる方は拍手・またはメールでお願いします。

ブラウザバックでお戻り下さい。
2style.net