嘘つきは恋愛の素



この時までは、まさか自分がこんな気持ちになるだなんて、考えもしてなかったのに…。






嘘つきは恋愛の素






「ルーテさん、何をしているのですか?」
ふと、後ろからそんな聞き慣れた声が聞こえる。
星が満点に輝く夜、今晩泊まる宿の少々大きめで木造のベランダの端に腰掛けて、ルーテは一人本を読み耽っていた。暗くてしょうがないので勿論ランプ付きだが、月が綺麗に輝いているので夜目が効かなくてもだいたいのものは見えるが。
手元にある本はこの間馴染みの古本屋で買ったばかりの古い本。古びた感じのざらざらとした手触りや、鼻につんとくる匂いがたまらなく優秀な自分にとっては好みで知識豊富な材源だ、と自負している。
そんな本を読んでいる時に声かけてきたのは、アスレイ。
ベランダの戸を少々ガタガタといわせながら開いて、床に座り込む此方を見下ろした。ふと此方からもアスレイの顔を見上げると、いつものように変わらず優しく微笑む彼の姿が見えた。
いつも穏やかな表情で、不思議と此方を和ませるような雰囲気を持つ彼は、何度も彼女――ルーテと呼ばれた少女を訪ねた。本日もまた、しかり。
自然な動作でアスレイはルーテの隣に座り、はたまた自然な動作で此方の方を見つめる。実際には本を見ているのだと思うが、どうしてもその優しげな視線に意識してしまう。
何故かというと、この間交わした言葉に関係がある。
この間、彼からいきなり「私は貴女を愛しています」などと云う単刀直入な告白を告げられ、トドメについ先日には彼が、最近ルーテが追いかけている闇魔道士ノールに嫉妬したとか言ってきた。彼は彼女を愛しそうに優しく抱き寄せ、はたまた告白じみた言葉を告げている。それに感化されたのか―――ルーテも、「愛している」と告げてしまった。
これは属にいう、「両思い」という事になるのだろうか。
しかし、自らはまた恋愛をいう事をよく知らない。
恋愛に文献は要らない…とアスレイは言うが、どうにも性分も重なって落ち着かない。
そんなこんなで、まだまだ恋愛初心者のまま今に至る。
「アスレイ…そ、そんなに見ないで下さい」
「どうしてですか?とても良いものじゃないですか」
視線に耐えかねルーテはアスレイに言うが、彼はさらりと言葉をかわす。
「ほ…本は後で読ませて差し上げますので兎に角そんなに見ないで下さい!」
既に紅潮した頬を隠すように本に顔を少々突っ伏しながら叫ぶと、一瞬アスレイの顔がはたと驚いたような感じになる。が、すぐにまた微笑むと、ルーテの本をすっと上から取る。それに驚いてルーテが思わずアスレイの方を見ると、ばちっと視線が重なった。
「あ…あう……」
赤く染まった頬を間近で見られて、情けない声が口から漏れる。
そんな彼女を見透かすように、アスレイから言われるのはまさにトドメの一言。
「ルーテさんは勘違いをしてるみたいですね。私が見たいのは本ではなくて…あなたなんですから」
恥ずかしい言葉を間近で言われて、ルーテは頭から蒸気が吹き出るような感じを体験した。
「本当に、可愛いですね…」
体から力の抜けた彼女を引き寄せると、そのまま慣れた悪戯のような手つきで一つ、その唇に触れるだけの口付けを落とす。
これが原因なのか、暫くルーテは顔を真っ赤にして体育座りのまま、膝に顔を突っ伏して動かなかったとか。






「最近アスレイは妙にご機嫌です…優秀な私がまたもぺースを乱され、先手を取られてしまいました…」
戦いじゃあるまいし、先手なんて取るも取らないもあまり関係ないが。そもそも、恋がらみの先手を恋愛初心者ルーテがとれるのやら。優秀と自負する故の悩みなのか、気付かぬうちに溜息が漏れた。
機嫌直しは知識上昇の効果抜群の愛読書、そんな風に思いながら、本を荷物入れから取り出そうとした時。
ふと、目の前に見慣れた姿が――――。



「…どういう、ことですか…?」



目の前には、あのアスレイと一人の大人びた女性。
その女性はまるで自分とは正反対のタイプで、赤髪をしており、派手な雰囲気を醸し出す。顔も美女と呼ぶのに申し分なく、口紅やアイシャドウといった化粧でさえ、それを飾るだけのもの。―――そうだ、思い出しました、と心の中で呟く。あの女性は確かこの軍の踊り子、テティスだ。
その踊りは魅惑的かつ美しいもので、しかも仲間を支援する力を秘めており、戦いの中でも欠かせない存在だった。
その彼女が、なんでアスレイと…?
心の奥から、ざわざわとした感覚が生まれてくる。今すぐにでもそこら辺に特大のエルファイアーをぶっ放したくなるような、怒りにも似た感覚。
兎に角この状況を見たくなくて、今すぐにでも走って逃げたいが生憎視線はその光景から放れようとしてくれない。
(…それに…なんなんでしょう、あのアスレイの表情は…)
アスレイの表情は今までに一度も見たことのないもの。自分と話す時、アスレイはいつも微笑んでいて、時折渋い表情をするも、屈託のない笑顔でいることが多かった。何回かトカゲや蜘蛛を見せた時には違う表情も見れたが…、それとも違うようだ。
ふと、いきなりテティスがアスレイに近づき、彼の頬に指先で触れた。
その瞬間、ルーテの胸のざわつきがピークに達した。
「…や、止めて下さい…テティスさん。」
「ボク、お肌スベスベねぇ〜…何を使っているの?」
嫌がってはいるものの、アスレイの頬はほんのりと赤い。
それを目の当たりにしたルーテは、もう体の自由がきかず、本能のまま飛び出した。
「アスレイ!」
その激しさが篭った、張り詰めた声に吃驚したのか、アスレイどころかテティスまでもが此方に振り返った。
「あ、ルーテさん!…って、あれ…る、ルーテさん…?」
心なしか目が据わっているような気がする。思わずアスレイの口元が歪む。
「どうしたのボク?と言うかこのコ誰?」
遠慮の無いテティスは、未だにアスレイに近づいたまま。
それがルーテの怒りじみた感情を更に高めた。
「…アスレイッ!!こっちに来て下さいッ!!!!」
アスレイを半ば無理矢理テティスからひっぺがし、そのまま何処かへと連れ去っていった。






「アスレイ!あ、あ、あ、貴方は何をしていたのですか?!!」
わなわなと声を震わせながら問うと、恐る恐るアスレイが返事をする。
「はい…実はこの間からテティスさんに相棒にならないか…と誘われてまして。生憎そんな気はないのですが、断りを聞いてくれなくて…」
でもなんで怒っているんですか、と聞く前に、彼女を見れば益々その震えが酷くなっている。おまけに此方を見つめる眼が、据わっているどころか怒りを込めた睨みに変わってきているようだ。
…どうやら、アスレイの言葉は、ルーテには前半部分しか聞こえていなかったらしい。
次の瞬間、がしっ!と襟を掴まれた。
「アスレイ〜〜〜!!!わ、私と云う者がありながら、ああああなたって人は…!!!!」
彼女の表情が凄い事になっている。
落ち着いて、と呼びかける前に、アスレイの脳裏にひとつの考えが浮かんだ。
「もしかしてルーテさん…嫉妬、しているのですか…?」
「?!」
一気に顔を真っ赤にして、ルーテが襟元を掴んだまま硬直する。それから、背伸びしていた足元や沿っていた背からずるずると力が抜けて、襟元から手が離され、アスレイの胸あたりの服を掴むまでに落ちた。
「図星みたいですね」
「ち、違います…そ、そんなんじゃありません…」
「否定しなくてもいいじゃないですか」
「………」
完全にアスレイのぺースになってしまい、悔しいルーテ。が、こうなってしまってはいつも彼に歯が立たない事を自分は良く知っている。ぐ、と悔しさを堪えて、そのかわり彼の服をぎゅうと掴むと、呟いてみた。
「…約束して下さい。テティスさんにちゃんと断って、私を安心させて下さい。」
「分かりました。」
あっさりと返事を笑顔で返すと、軽く指きりをして、今度は二人でテティスのもとに断りに行く事にした。






「あの、テティスさん、お話があるのですが…」
「あらボク、おかえりなさい。で、どう?相棒になってくれるのかしら?」
来て早々、テティスはアスレイに近寄ると話題をふっかける。ルーテはアスレイの腕に掴まると、目線だけで断るのを促した。
「そのことですがテティスさん。私は踊り子になる気はありませんし…その、私は彼女と…」
アスレイがきっぱりと断ったのを確認して、ルーテはほっと胸を撫で下ろした。そして、その続きにアスレイが放った言葉。その言葉の続きが無償に知りたくなって、思わず押し黙って耳を傾ける。
「何言ってるのボク!良い素質を持ってるのに…ほらほら、この間教えたステップを踏んでみて!」
そう言うや否や、アスレイの手を取り引っ張る。そしてそのまま、慌てるアスレイを従えて踊りだした。
ビキッ、とその光景を見たルーテの脳裏がそんな音を立てた。
(アスレイの嘘つき…ちゃんと、ちゃんと断ってくれるって言ったのに…!!)
頭に一気に熱が篭ったと思ったら、次の瞬間にはテティスにとられていたアスレイの手を引き離し、アスレイに抱きつく形になっていた。
「る、ルーテさんっ?!」
この行動にはアスレイも吃驚したらしい。顔が一気に紅潮して、より一層慌てた感じが隠せなくなっている。
そんなアスレイを尻目に、ルーテは力任せに彼の腕を引っ張って此方に寄せると、自らの体を精一杯背伸びさせ、そして――――。
「…んうっ?!」
不意打ちの口付けがアスレイにかまされる。
今までに無い彼女のその力強い行動に、アスレイはされるがままだ。ふと唇が開放されたかと思うと、そのかわりに彼女の細い腕が首に絡みついてきた。



「アスレイは…、私のものです!」



大胆発言、ここに有り。
恥ずかしさと嬉しさが入り混じって硬直した彼を引き摺って、強引に引き離すと、宣戦布告、指をビシッとテティスに向けて第二声。
「アスレイは絶対あなたなんかには渡しません!!」
捨て台詞ともとれるその言葉を叫んだ後、そのままルーテはアスレイを引き摺って去っていった。
「……愛の力は凄いわねぇ」
一人テティスが関心したようにその後姿を見ていると、後ろからポン、と肩を叩かれた。
振り向けば、そこにいたのは見慣れた、けれど愛しきあの人。
「からかうのもその辺にしといたらどうだ?テティス」
「あら、それもあるけど――相棒が欲しいのは本当よ?ねぇ、隊長」
艶っぽくウインクすると、隊長と呼ばれた男――ジストは、苦笑して頭をかき、ゆっくりとテティスの肩を抱いた。
「嫉妬してるのはあの譲ちゃんだけだと思ってるのか?」
照れくさそうに耳元で呟かれたその言葉に、テティスは満足そうな笑みを浮かべると、ゆっくりと彼の胸に身を寄せた。






どのくらい引き摺ったかしれないぐらい引き摺って、やっとその腕を放した頃、ようやくアスレイも我に返った。
「…アスレイ…約束が違います…!!」
怒りに怒ってアスレイの襟元を握り締めるのはルーテ。その形相に思わずちょっと怖いと思いつつも、その返事は笑顔で返す。
「何故笑っているのですか。私はこんなにも不愉快ですのに!」
にこにこ、とアスレイから放たれるご機嫌オーラに終始不愉快なルーテを、アスレイは腕を引いて自らの胸板へ招き入れる。
「なっ…」
「私はとても嬉しいんです。ルーテさんから、あんな言葉が聞けたのですから」
相手の動揺は一切お構いなし。暴れるルーテを優しく押さえつけると、そのうち抵抗を諦めたのか大人しくなる。その様子にくすくすと微笑んでいると、ルーテが顔を上げて、まだ拗ねが残る声で話し出す。
「あ、あの言葉は…ゆ、優秀な私ゆえに正当な解決方法を…さ、三角関係というものの原理は…つまり…」
必死に先程の大胆発言の撤回を試みようとするルーテ。が、生憎そうはいかなくて、どんどん見上げた筈の顔を下げてしまっている。本音を見透かしたようにアスレイは彼女の頭をぽんぽんと撫でると、優しい声で呟いた。
「有難うございます、ルーテさん」
「……どういたしまして…」



なんだか自分でもおかしいと思う自らの行動の全てを反省して。
けれども、何故か嬉しがる彼の姿に呼応して、落ち着きがなくなる自らに更に反省を。
未だに嘘つきな彼は許せないけれど、
そんな彼の眩しい笑顔に流されてしまう私は、もっと許せない―――



そう思って、悔しいながらも彼の胸板の中で思うのは、いつやら芽生えたかしれない、最上級の恋の幸せ。










あとがき。
アスレイ×ルーテ、微ジスト×テティス小説ですv
アスレイとテティスの支援会話を見てなんだか悔しくなったので(なんでやねん)、こんなものを作ってしまいました。ルーテの嫉妬バージョンと思って頂ければ幸いでございます。
ルーテさんはいつも優秀なんだけどアスレイの前では弱弱しくなるといい。
そんな気持ちで作ったこの小説ですが、気に言って頂けると幸いです。



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