その赤く濁った瞳を見て 一瞬でも綺麗と思ってしまった


それは とても残酷な事なのに

その真実を 自分は誰よりも知っていたと言うのに

だけど その思いを止められなかった






戸惑いの赤い瞳






「…コレット」
目の前の少女を呼びかけた青年――ロイドは、静かにそう呟いた。
呼ばれた少女、コレットは今、神子としての最後の再生を終えてまだまもなかった。最も再生はロイド達が止め、レネゲードによって助けられ――そしてここ、テセアラに居る。
再生の為に彼女はありとあらゆる自分の“人間らしさ”を失い続けてきた。味覚、睡眠、感覚、声、感情―――それら全てを失った彼女は、ただ生きている“モノ”だ。
呼吸はする。心臓や体のありとあらゆる機能も動いている。しかし、必要最低限の行動しかしない、機械のような存在。生きているかさえ分からぬ存在。
そんな彼女を元に戻すために、ロイドはテセアラで、彼女を助ける方法を探している。
しかし、それまでの、元に戻るまでの彼女を見るのは、彼にとって一体どのような辛さになったろう?
どれほど、いつもの彼女を思い出し望み返した事だろう?






今はテセアラ、メルトキオの宿で休息を取っている。既にもう日は落ちていて、空に満点の星が広がっていた。ロイドとコレットは、二人で薄暗い部屋に居た。本来なら女性陣男性陣と分ける所だが、ロイドの事を心配して、皆が二人きりにしてくれた。
「…コレット」
そんな中で、ロイドは再び彼女の名を呼ぶ。
返事はなかった。彼女にとっては、声を返す事が出来なかった。
「…なあ、コレット」
もう一度、呼ぶ。されど、返事はなく。
無言だけが帰って来た。
その雰囲気にロイドは目の前を見るのが辛くなった。それでも、彼女から視線は外さなかった。
もう一度、もう一度だけでも良いと思った。
彼女が元に戻って欲しい。戻って、もう一度あの笑顔を自分に向けて欲しい。
そのためには、何事も問わないとでも、言い切れる自身があった。
「…コレット、今日は星が綺麗なんだぞ。見てみないか?」
今度はそうして問いてみた。けど、やはり返事はなかった。
分かっているのに、どうして何度も試し、呼び続けてしまうのだろう。自分はよく分かっていたのに、何故だか――諦めたく、ないと言う意志からなるものなのか。
「…ほら、コレット」
手を差し出し、星がよく見える窓のカーテンを開けた。薄暗さの中に星の光が入る。そうすると、彼女の顔が良く見えた。赤く濁った瞳、笑顔のない顔。
切なさで一杯になるはずなのに。



―――その赤く濁った瞳を見て 一瞬でも綺麗と思ってしまった



「なっ、何考えてるんだ…、俺…」
顔を腕で拭い、ははっとわざとらしく笑って気を散らす。その行動にも動じない彼女をちらりと見て、何処かイラッとなってしまった。
そして取られる事のなかった手でコレットの手を取り、テラスに強引に引っ張っていった。そこにあったイスに彼女を座らせ、また自分も座る。先程のイラつきをぶんぶんと振り払い、コレットの方を優しく見てみた。よりいっそう星の明かりが増し、彼女の瞳がロイドの視界に入って映し出される。
「…やっぱり」
…綺麗だ。
その部分の言葉は心の奥にしまい込んだ。
たった今思い出した事だが、彼女が真紅の瞳になったその時にも、心の奥でこっそり、美しいと思った。何度思い返しても莫迦な事を考えたと思う。一刻も早く彼女を元に戻してやりたいと願っている者が、そんな風に思った事を。けれど、それは否定する事の出来ない本心なのであった。
「…コレット」
呟いて、静かにコレットの手を取ってみた。
やはり反応はなかったけれど、そこでふとユアンの言葉が蘇った。
(今の神子は、防衛本能に基づき敵を殺戮する兵器のようなもの)
不謹慎かもしれないけど、敵と思われずに、手に触れるのを許されるのが嬉しく思ってしまった。
ふと気付いた事だが――彼女の手は、自分が握った手は、とても冷たかった。
平均体温は取れているだろう。しかし、気温に対しての防衛手段はない。そう考えると、ロイドはここに連れてきた事を失敗した、と思った。
「…ご、ごめんな」
そう言っても届かない事は分かっていた。でも、言わずにはいられなかった。
「…本当に、ごめんな」
その思いを込めて、ロイドはとっさにコレットを抱きしめた。握った手はそのままで、もう片方の手で、こちらに引き寄せるように、強く、強く抱きしめた。
それでも――拭いきれない罪を犯した気がした。

コレットを外に連れて来たことではない。

天使になる事を許してしまったこと。

コレットを守れなかったこと。

「…お前を、絶対元に戻してやるから」
だから今は、その赤い瞳をせめて綺麗だと思っていても良いと言わせて。
抱きしめたロイドの腕に、コレットは抵抗しなかった。敵だと思っていないと言うのか。
「…ありがとう」
それが、ロイドにとっての何よりの証。唯一の証拠。
赤い、濁った瞳はまばたきさえしなかったけど――こちらを見てくれる事さえなかったけど。
握る手も、体も、一つとして動きはしなかったけれど。
彼女が自分を敵だと判断していない事、それが今、一番の頼りだった。
「ありがとう…」
再び、そう呟いた。何度言っても足りない気がした。だから、何度も名前を言って、言葉を言って、何度もいつもの彼女の声が聞こえるのを待った。
そして、今もまた――






「…ありがとう………」
三度目の呟きを繰り返した所で、ロイドは抱き寄せた彼女の髪に、口付けをひとつ落とした。
そして、握っていた手にもうひとつ。
それから、彼女をこちらに振り向かせた。
いつも真っ直ぐ見つめていたつもりだったのだが、これまで真剣に彼女の瞳を見据えた事はなかった。この瞳を見るたび、あの救いの塔での出来事が繰り返し自分の脳内に渦巻くような感覚がしたから。

レミエルが俺達を騙していた事。

コレットが天使化してしまった事。

クラトスの裏切り。

ユグドラシルの光臨。

そして、彼女に声をかけ続ける自分。

あの時ほど自分が取り乱し、怒り、憎しみを込めて敵を倒した事はない、と今そう思う。
――――あれが、今更思う自分の愚かさを示しだしたのだ。 そんな風に思いながら、彼女の瞳を見つめていたけど。彼女に罪をなすりつけてしまいそうになったので、もう、止めた。

もうこの瞳を見てそんな風に思うのは止めよう。

今は彼女が元に戻るのを優先させなければ。

それが今、自分に出来る彼女への償いだと、思う。

けど、あいつは償いなんて言うのは許してくれないだろうから。

彼女への約束だと――そう、思おう。

「…誓うよ」
全ての意味で、真意を込めてそう呟いた。君を助けることを、もう間違わないことを。
そうして、距離をゆっくりと縮めていった。
赤く濁った瞳が一番近くに見える所で、ロイドは自分の瞳を閉じた。
全ての誓いをここに、この行動に込めて。
深く、誓いのキスを。






その時、真紅の瞳から雫がひとつ、ぽろりと落ちた。ロイドはそれに気付かなかった。気付かぬまま、誓いの角度を変え、深く、愛しく、それを続けた。
ふっと離すと、顔を赤らめながら彼女を引っ張り、部屋の寝床に彼女を寝かせて、去っていった。






一人になってから――彼女の頬には、またひとつ、そしてもうひとつ、雫がぽろぽろと流れていった。
…彼の思いに応えられなかったけれど。
それでも、その誓いの真意を込めて、その雫に秘めて。
いつか、彼の思いに応えられるように――――




(…………ありがとう…)


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