小鳥のさえずりと、木々の音と。上空から照りつける、眩しく、されど優しい日の光。
絶えず明るい空間が広がる、此処、天界――――
その中でもより一番輝いているように見える、大天使の間のすぐ傍にある大きな中庭。自然に埋め尽くされたそこで、見習い天使フロンが一人、花壇のレンガの上にちょこんと座り込んでいた。
「やー、気持ちいいですねえー」
ぐぐーっと背を伸ばして、深呼吸。そろそろ昼も過ぎた頃、丁度一番太陽が暖かく照りつける時間。ほんわかとした空気に誘われるように、フロンは暖かさに身を任せて、瞼を徐々に下ろしていく。
瞼が完全に降りる寸前に、何かがフロンの目の前を通った。けれど、睡魔に襲われているフロンには、それが何かは分からない。
「……羽根……?」
最後に目に入ったのは、白い白い美しい羽根。
「……きれい……です…ね…え…………」
思わず、素直な感想を途切れ途切れに述べて。
言葉が完全に途切れた瞬間、フロンはかっくりと首を下げて、ぷつんと意識を手放した。





使の約束





「…うーん………」
自分のものではない、何かのぬくもりを傍に感じる。
完全に睡魔に引き込まれてしまっていたフロンは、まどろむ頭をなんとか目覚めさせ、一体この暖かいものはなんなのだろう……とゆっくり瞼を開く。
目を開けたフロンの前に飛び込んできたのは、意識が途切れる前にも確か見た、大きな大きな白い羽根。いや、これは舞い散っている羽根などではない。正真正銘、ひとつの大きな『翼』。
その翼の持ち主は、フロンのすぐ真上で―――フロンへと降り注ぐ熱い太陽の光を遮るようにして、そこにいた。
次の瞬間、太陽が風で飛んできた雲の後ろに隠れた。
逆光で見えなかった主が、強い日の光が消えた事で、ようやくフロンの目に確認される。
が、フロンは、主が誰だか理解した瞬間。
眼を見開き、かたかたと震えながら、口を開いたまま硬直した。


「おはよう、フロン」


にっこりと爽やかな笑顔で、その主は微笑んだ。
「だだだっだだだ、大天使さま…?!」
「随分よく寝ていたみたいだね。とても幸せそうな寝顔だったよ」
「いやです、わわ私ったら、大天使さまの目の前で眠っていたなんてそんな…!!」
慌てふためくフロンとは正反対に、大天使である彼――ラミントンは、至って冷静沈着だ。寧ろ、フロンの焦る様を、楽しそうに微笑みながら見守っている。
が、ラミントンは、そうだ、と何かを思い出して。
まだ慌てようが治まらないフロンに、追い討ちの如く彼は言った。
「フロン。もしかして気付いていないのかい?」
「へ?何がですか?」
「…やっぱり気付いていないんだね。どうして私が、おまえの真上にいると思う?」
「えと……」
確かに言われてみれば、ラミントンとの身長差は結構あるとはいえ―――ここまで真上にいるのは、あまりに不思議すぎる。
それどころか、今更気付けば、なんだかラミントンは自分の視界の中で、横から顔を出している。そして、自分の体勢が『寝転んでいるまま』というのを振り返り。ようやく、フロンがラミントンが言いたい事に気付き、サーッと顔に青筋が立った。


「わ、わ、わ、私どうして大天使さまに膝枕されているんですか―――ッッッ?!!!」


中庭じゅうに響き渡りそうな叫びをあげて、フロンはガバッ!!とラミントンの膝から起き上がった。
「ははは。やっと気付いたみたいだね」
「わ、私どうしてこんな…」
「私が中庭に来た時に、ここにいるフロンを見つけてね。隣に座っていいかい?と聞いたら、君が頷いたんだ。」
「あえあああああ……」
「だから座ったら、君が私の膝に落ちて来た、というわけだよ」
恐らく、自分の眠る前に見たあの羽根は、ラミントンのものだったのだ。
そして、ラミントンに話しかけられる寸前に眠ってしまった自分は、意識がないまま返事を返し、そのまま無意識に隣のラミントンの膝を枕がわりにしてしまったのだ………と、フロンは自分の行動全てを推理できた。
サァーッ、と自分の顔が青くなっていく事を、フロンは物凄く感じていた。
「未熟な見習い天使の私が、大天使さまにひっ、ひっ、膝枕をして貰うだなんて…なんてまぁ恐れ多いのでしょう……!!」
少々呂律が回っていない懺悔を繰り返し、ひたすらにのた打ち回る。最高潮の慌てぶりを発揮するフロンを見て、ラミントンはフッと笑うと、ぽん、とフロンの頭を撫でた。
「落ち着きなさい、フロン。私はおまえを咎めたりしないよ」
「で、でも、わたしは大天使さまに…!」
「いいのだよ。私は怒ってなどいないのだから。だから気にする必要はないよ」
「……はい、大天使さま。有難うございます」
撫でられながら、ラミントンにそのように諭されて。
フロンはなんだか自分の中の嫌な心がゆっくりと消えていく気がして、にっこりと微笑んだ。
それにつられるようにして、ラミントンもにこりと微笑む。
フロンの頭を撫でる掌が、もっと優しくなったような気がして、その心地よさにフロンは目を閉じてまどろんだ。
「ふ……おまえは本当に可愛いね…フロン」
「? 大天使さま、今何か仰いました?」
まどろみに浸っていたフロンは、ラミントンの言葉を聞き取れていないらしかった。
「…いや。気にしないでいいよ。……それよりもフロン、私はどうしてお前に膝枕をしていたと思う?」
「そ、それはっ…!わ、私が不覚な事をしてしまったのと、大天使さまがお優しいから…!」
先程の痴態を思い出して、フロンは目を点にして赤くなった。
フロンの言葉に、またラミントンは、フッと笑って。
頭を撫でる手を止め、今度は両手をフロンの肩に置いた。
「いいかい、フロン。私はそう簡単に誰にでも膝枕をしてあげたりはしないよ」
「………」
「おまえは特別なんだ。少なくとも、私にとっては」
「……大天使さま…?」
「だから、おまえにも、私が特別であって欲しい。一つ頼みがあるのだが、いいかな?フロン」
「あ、はいっ!大天使さまの頼みでしたら、私、なんでも頑張ります!」
ふんッ、とフロンは威勢良く両手拳を作る。気合たっぷりな様子のフロンを見据えながら、ラミントンはゆっくりと切り出した。
「………お前は今後、何があっても、誰かに膝枕をしたり、されたりしないこと」
「はえ?それだけですか?」
「ああ。けれど、私にとってはとても重要な事なのだよ。」
意味深にニッコリと微笑んで、ラミントンはそう言ってのけた。
一体どうして重要なのだろう?とフロンは彼の意思がよく分からず、頭から疑問符が一向に消えなかった。
きょとんとした表情のままのフロンに、ふといきなりラミントンは、フロンの両頬を両手で包むようにして触れる。
「大天使さま?」
「これは約束だよ、フロン。私とおまえだけの」
「はい!私、頑張って大天使さまとのお約束をお守りいたします!」
ニッコリ笑って、フロンはそう誓った。
その様子に、満足そうにラミントンは笑い―――隣に座るフロンの方に、背を屈める。
頬を包む両手がしっかりとフロンの顔を固定し、動けない状態のまま、ラミントンが近づいてきて―――ほんの一瞬だけ、ラミントンとフロンの唇が重なった。
「……?!!!!」
「約束の証だ」
初めての口付けに、フロンは真っ赤になって、頭から湯気をたてて硬直する。
何が起こったのかまだよく分かっていないフロンを尻目に、ラミントンはすっくと花壇のレンガの上から立ち上がった。
そのまま数歩歩き出し、しかし一度だけフロンの方に振り返ると、口元だけが笑う顔のまま、ラミントンは言った。
「今は……お前は私のしている事がよく分からないかもしれないけれど。いつか、きっと分かる日が来るよ。フロン」
「………いつかきっと、分かる日が…?」
それだけ言い残して、ラミントンは再び大天使の間へと戻っていった。




ラミントンがいなくなってしまった代わりに、幾つかフロンの目の前に羽根が舞い散っている。
夢見心地にポケーッとしている精神に、『確かにラミントンがここにいた』と語りかけているように感じた。
それはつまり、あの突然の口付けさえも、本当にあった事なのだと、気付かされているようにも。
「………口付けは…愛し合う人たちがするものじゃなかったでしょうか…?」
自分の愛の理論を思い出し、思わず口ずさむ。
けれどそれ以上に思い出されるのは、初めての間近のラミントンの顔と、初めての口付けの感触だけ―――。
「………………大天使、さま………、わたしはまだ、わかりません………。」




本当にいつか、分かる日が来たならば。
それはかの『約束』が叶った瞬間なのだと、思い起こし。
フロンは中庭に広がるぬくもりよりも、もっと熱い自らの火照りに項垂れて。
まだ止まぬ心臓の音とリアルなあの感触のフィードバックに身を任せ、もう一度ぽてりとそこに寝転ぶのだった。










あとがき。
140000を踏んで下さった沙菜様に捧げる小説です。リクエストは「ラミントン×フロンで甘々・キス有り」でした。
甘くするにはどうすればいいだろう、と考えて出てきたのが何故か「膝枕」でした…。そんで、フロンちゃんに膝枕出来るのはラミントン様だけであれるように、とちょっとおかしな約束を取り交わしちゃう二人です。ラミントン様は冷静な人ですが、嫉妬っぽい所があっても素敵だなと思いまして。…駄目でしょうかね。(汗)
こんな感じに仕上がってしまいましたが、喜んで頂けたら幸いです。
沙菜様のみお持ち帰りOKです。リクエスト本当に有難うございました!



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