「…ん」
目覚めたしいなは、まだ虚ろな自分の頭をぶんぶんと起きさせ、回りをゆっくりと見回した。
その光景は、記憶の奥に残る暗くて心細い森の中ではない。
暖かい寝床の中で、とある一室のように見えた。かと言って、この部屋の構造には記憶がない。
「…ここは…?」
少しずつ起きて来た脳を必死に動かして、周りの様子を目で探った。
何故、ここに居るのか――それを知りたくて、記憶を辿って見た。
ゆっくり、ゆっくりと…凄くじれったいほどに、それでも必死に、記憶を辿る。
…………えっと…
あたしは…昨日何をしてたんだっけ…?
そうだ、ゼロスと…喧嘩みたいな事をして…それから森の中に入って…
だんだんと思い出してくうちに、何処か心の奥にあるあの怖い感じは森の中と言う事か、と思った。
その続きをまさぐるように、頭に両手を打ちつけて唸る。
一瞬、頬につうっと汗が一筋流れた。
……それから…確かあたしは不安でいっぱいになって、一人うずくまってたんだ。
そしたら、声が聞こえて…その方向に必死に走ったら…



…走った、ら………
………。



「あああああっ―――ッッッ!!!!!!!」



その叫びが木霊して、部屋の奥に居るであろうロイド一行の耳に絶大なものを与えたに違いない。
彼女が起きた事についての安堵と、いきなりの叫びについての苦笑いを含めながら。






素直になりたくて 3






「…あ…あ…あたしなんてことっ…」
しいなの脳裏には、昨日のゼロスとの事ばかりが駆け巡っていた。
きっとその後眠ってしまったのだろう―――そしてゼロスが、ここに運んでくれたのだ。
……変な事してないよねっ…あのアホ神子…;;
助けてくれた、に等しい彼に向かってそう思うのは失礼だと思ったけれど、今までが今までなので
そう思わざるを得なかったのかもしれない。
とにかく、今はしいなは絶対と言って良い程ゼロスに逢いたくなかった。
昨日の事を全て思い出した今、まともに顔を合わせるのが恥ずかしくて恥ずかしくて溜まらなかったのだ。
とにかく、落ち着こうと思った。
自分じゃよくわからないのだけど、きっと自分の顔は真っ赤だと思う。火照るような感覚さえ良く分からくて、
分かるのはゼロスの事ばかり考えてると言う事。
まるで、彼の顔が目の前にあるような―――…



「よ、しいな」



「――――ッ?!!!!」
ずささっ、としいなは物凄い勢いで後ずさりした。その姿をみて、いきなり現れたゼロスはありゃ、と苦笑する。
「なっ、ななっ、なんであんたがここにいるんだいっ!!!」
びしりと指を指されて指摘され、ふぅと一息漏らしてからゼロスはいつもの口調で喋り出した。
「なんでってねぇ、そりゃーぁ勿論大声出して皆を吃驚させてくれたしいなちゃんのお迎えを
この麗しーい俺様がかって出てやったと言うわけよ。感謝しろよ〜?」
そうべらべらとまくしたててゼロスはしいなにゆっくりと近づいた。それにしいなは吃驚して、
思わずベッドの上にある布団にがばりと我が身を隠した。
「つれないねぇ、しいなちゃんw」
そうしてにっこりと微笑むゼロスに、身を隠しているしいなは、何処かおかしさを感じた。
(…怒って、ない?)
昨日の、あの自分に見せた彼は――ひどく真剣で、切なそうな表情をしていた彼は何処に行ったのだろう。
ここにいるのは、明らかにいつものおちゃらけた彼の姿だ。
このギャップの大きさに疑問符がしいなの頭に浮かび出す。そんなしいなを見て、ゼロスはふと黙りこんだ。
「…しいな、おい」
「え?!な、なんだい?」
いきなり話しかけられて、しいなは吃驚して思わず布団から上半身を曝け出した。
「昨日の事さ、そんな気にすんなよ」
「…え?」
そう言われた彼の真意が、少しばかりしいなに心に届いた気がした。
彼が自分に言ったこと?
それとも、自分にした事の謝罪?
それとも、それは―――



告白もどきの撤回?



三番目に思いついた事を考えると、背筋にぞくりと閃光が走る感覚がした。
きっと、答えは全部、だ。
どれも。全てが。
彼が謝る必要なんてない事なのに!
嫌だ…!!と酷く叫びたくなった。けど、それは必死に喉の奥にしまいこんだ。
「…あのさっ」
「…ん?」
しいながいきなり喋りだす。それに応えて、ゼロスは少しきょとんとしながらも呟きで返事を返した。
ゼロスに向かって、しいなは強い強いまなざしを送っていた。
その瞳が語るものを、ゼロスは見抜けなかった。
そのまま吸い込まれてしまいそうな、澄んだその瞳に見とれていたのが本音だった――
「…あたしっ…」
弱弱しく、されど意思を強く込めてしいなは声を発した。
ゼロスの心にひしひしと響く声。
必死に、その声を自分の耳で聞き取った。



…素直になりたい。



ふとしいなが思い出したその言葉を糧に、しいなはこうして彼を見つめている。
まともに彼を見つめたことはなかった。
彼の行動が恥ずかしくて、おかしくて、時には羨ましくて。
またある時には嫉妬なんかもしたりして。
だからこそ、真っ直ぐに見つめたりする事は出来なかった。
でも今、自分の勇気を振り絞って、ここまで来る事が出来たから。
あと、もう少し頑張れば、本当に素直になれる気がした。



「…あたし、は…」



素直に…素直に、と。 その言葉が心の奥底に響くたび、不安と共に…強い自分の願いが篭っていた気がした。
決して、それで叶うものだとは思ってないけど。
けど、素直じゃないよりかは、彼に近づける気がしたから。
だから、あたしは―――



「…あんたが好きだよ」



言葉で発すれば、ただの二言三言なのに。たった、それだけの言葉なのに。
それでも、そこに願いをのせて。
彼に届くことを、ひどく願った。
「…しいなぁ!!」
いきなり叫ばれて、びくりとしいなは体をこわばらせた。
その瞬間に彼がしいなの居るベッドにすとんと座りへたれこんだので、しいなは目を開けるととても吃驚した。
「ど、ど、どうしたんだい?!」
そう呼びかけて、ゼロスの両肩を掴んだ。そうしてゼロスはゆっくりと顔をあげ、瞬間で手で顔を覆った。
その隙間から見える頬は、赤く染まっている。
「…お前なぁ、遅いんだよ!」
「は?!あ、あんたねぇ、あたしが必死に…」
そこまで言いかけて、ゼロスが体を起こし、しいなを見た。ただし顔はまだ覆ったままで。
「なんで俺が告白した時に言わないかね…俺様勘違いしちまったじゃねぇか」
「…え、告白?」
「…昨日言っただろ!!」
ああ、としいなは呟いた。あれはやっぱりそうだったのか…と思いちょっと顔を火照らした。
「さっさと言ってくれよ」
「あっ、あたしはあんたみたいにあっさり言えないよ!
あんた、誰にでもあっさり言うし分からなくても当然じゃあっ…」
「…あのな!俺様しいな以外に本気でそんな事言わないの!」
そこまで言って、ゼロスはあっ、と自分の口を塞いだ。すでに遅く、二人の顔が互いに真っ赤である。
なんとも微笑ましくもあるが、どうもじれったい感じだった。
しかし、彼の言った言葉が嬉しくも、自分の性格上、一度でも否定して確かめてみないと
済まないような気になってしまう。そして、思わず口に出た。
「…うそ」
「嘘じゃねぇって」
「だ、だってさ、まさかあんたがっ… …?!」
途中で、声が遮られた。
目の前の視界に広がる彼の顔。他には何も見えなくて、目を瞑る彼の顔がはっきりと見えて。
そして、口の感触に顔が火照った。
「…い、今の、」
唇が離されてからしいなはすぐにそう呟いた。
「どうせ信じてくんないしさ、これなら信じるだろ?」
そう言われて更に微笑む彼の顔。
「…うん」
首を縦に振らない訳にはいかなかった。






その後、皆に心配をかけた事を謝って、しいなはそれから昨日出来なかったお使いに再び出た。
…ゼロスと共に。
「今度こそ真面目になるんだろうね」
そうしいなが言ってゼロスを睨みつけたので、ゼロスは笑って勿論、と言葉を返した。
「それよりもさ、さっさと済ましてその後どっか行こうぜ〜」
「は?!ちょっ、それじゃあ昨日と同じじゃっ…」
そこでしいなの口にゼロスは人差し指をあてて、チッチッと口を鳴らした。
「良いだろ?今度こそ本当のさ。デート、しようぜ?」
いつものにやけとは全然違う、とても嬉しそうな彼の笑顔。
ふざけてなんかない。
真面目に、本当に、望むこと。
彼の本当の姿。
「…いいよ」
そうして、ぎこちなくも手を繋いだ。
二人で歩き行く姿に、自分でもこんな事予想してなかったけれど。
素直になって良かった。思いが伝えられて良かった――そう、切実に思う。



とめどなく、ただそのありありとした姿を。
本当の気持ちを。
素直に現して。思いを、伝えて。



それはきっと、奇跡を呼び起こす自らの力―――



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