「くそっ…あんのバカしいな!一体何処まで行っちまったんだ?!」
夕方、ゼロスがしいなを連れて行ったあの広場。その更に奥に進んだ所にゼロスはいた。
しいなはこちらに居るはずなのだ。
奥に進めば進むほど深い森となり、あのしいなの事、道に迷っていても仕方がない。
ゼロスは、自分に背中を向け去っていったしいなを思い出していた。
――顔は見えなかった。
けど、絶対泣いてたはずだ。
…あいつは弱い奴だから――






素直になりたくて 2






ゼロスはずっと、そうぶっきらぼうに考えを決め、言い聞かせながら歩いていた。
足元にぼうぼうと生えている茂みを乱暴にかきわけ、更なる奥へと歩を進める。
茂みが足を邪魔して、前が良く見えない。
…いや、見えないのはそのせいだけではない。
そう――ゼロスが最も来るのを恐れていた、夜になってしまっていた。
真っ暗な空間、何処まで続くか分からない森。
その中に居るはずの、しいなを――ゼロスは必死に探していた。






「しいな―!!しいな、何処だ――?!!」
ゼロスは大声を出して、彼女の名を呼び続けた。
森の中はいやに静かで、ゼロスの声は木霊して、遠く遠くまで響くように思えた。
しかし、彼女の声が返ってこないのを思うと―あいつ、一体何やってるんだ…と思ってしょうがなくなった。
聞こえないようなまだまだ遠くに居るのか?
それとも、奥の方はざわめいていて俺の声が聞こえないのか?
それとも、それとも――…



周りに気付かないくらい、俺はお前を傷つけたのか?



どくん、と体に焦りが走った間隔がした。
今まで、人を傷つけた事に気をかけた事はなかった。
人をけなして、落とし、その上に自分の地位を置く――そんな貴族の間を見てきたから。
そして、それに自分が混じって…それを、自分がやった事もあったから。
人を傷つけても、自分は損をする訳じゃない。
だから、必要な時には気も止めずにやってのけた。
それなのに、なんでこんな時に限ってっ…!!
胸が張り裂けそうな位―――痛いだなんて思いもしなかった。
「くっそ…!!」
何故黙っていられなかった?
いつだって、自分の本能は押し殺してきた。
本当の真意を悟られないように。自分の考えてる事が、知られないように。
そのうち、本当に信じて貰えなくなって。
誰だってうわべだけの付き合いだったのに。
なんで、あいつに限って…!
「絶対見つけてやるからなっ…しいな!!」
そう叫んで、ゼロスは得体の知れない森の奥へと走っていった。






「…っく…」
真っ暗な森の中で一人座り込み、声を押し殺して涙を流す、一人の影があった。
しいな、だ。
「……バカみたいだっ…」
顔も声もまともに上げれなかった。
やっとの事で出された声は、小さい小さい呟きとなって、森の木霊にもならず消え行く。
「…なんで…あんな……」
もう自分でも、わけがわからなくなっていた。
あの瞬間、一体何があったのか。自分はどうしていたのか。
思い出すのも腹が立つ。
何がバカなんだろう?
あんなとは、何なんだろう?
口から漏れた自分の言葉が、本当に指しているもの――…
「…あたしだ」
ゼロスの事を信じなかった自分。
ゼロスにしっかりと向き合えなかった臆病な自分。
そして、ゼロスの全てを否定した酷い自分。
――全く持って、バカだった――
「…あたしのせいなんだ」
折角のチャンス、ゼロスがあたしの本音を引き出そうとしてくれた瞬間。
あの時に、素直に言えばよかった。
あたしは、あんたが好きだって――…
しいなは、ばっと立ち上がった。
前を見据えて、今、自分がすべき事を。
「ごめんねゼロス…あたし、今度こそ素直になりたいよ」
そう胸にぐっと確信して、しいなは自分が来た道を戻っていった。






「…あっれぇ…何処行けば良いんだ…?」
やっと動き出したしいなだが、周りは既に夜になり、真っ暗な森へと変貌している。
方角がまともに分からなくなってきて、自分が通った道さえ分からなくなってきた。
頼りの足跡さえも、茂みに隠れて見つける事が出来ない。
「あたしはミズホの民なのに…ちっ、ぬかっちまったよ」
そんなに私情に捕らわれていたのだと、今更後悔する。
ただ逃げるだけに夢中になって。
臆病な自分、全く変わっていないじゃないか…。本当にバカだ、あたしは。
「どっちに行けばいいんだよ…」
怖い程静かな森。自分の声が木霊して、森の奥へと消えていく。
大声を出したら、その木霊に自分が押し潰されるかもしれない、などと考えてしまった。
「………」
周りを見渡す。自分が黙れば、音など一切ない。シーンと言う、自分の中に流れる静寂を現す音だけが交差している。
……怖い。
駄目だ…もう臆病な自分は嫌なんだ…
これ以上、みじめな自分を思い出したくない。
誰か、助けて…っ
みんな、みんな、みんなっ…!!



…ゼロスッ!!



「しいな―――ッ!!!」
「?!!」
聞こえた気がした。自分の名を呼ぶ声が。
この声はまぎれもない、ゼロスだと思った。あいつが…あたしを探してくれてる?
そんなはずはないと思った。これはきっと、夢なんだ。
あいつが、ここにいるはずない…
「しいな――!!」
二度目の声を聞いて、しいなは確信した。まるで現実に戻されるように。
…夢、じゃない。
どんどん近づいて来る声。茂みをかきわける足音。
まぎれもない、あいつがこちらへとやってくる合図。
…ゼロス…!
「しいっ…」
ゼロスの声が途中で途切れると共に、彼の胸にはしいなが居た。
暖かくて、大きい胸――ゼロスの姿を見た瞬間、しいなはその落ち着く空間に飛び込んだ。
ゼロスに、抱きついた。
「…しいな?」
「……ゼ…ロスッ…」
お互いに、探していたものに逢えた気がした。
探していたぬくもり。逢って、本当に素直になりたかった。
ゼロスは、そっと、そして強くしいなを抱きしめ返した。
しいなの体は冷え切っていて――彼女が一人で居た時を考えると、 ひどく、胸が締め付けられるような感じがした。
「…ごめんな」
そう、小さく呟いた。小さく――それでも、彼女だけには聞こえるように。
それに反応して、必死に頷く彼女を見ると、とても切なくなった気がした。
「帰るぜ、俺達の居るべき場所にさ」
…うん、としいなが言った気がした。とても、弱弱しい声だった。
なんて言ったら良いのか分からなかった。
ごめん、だけじゃあ謝り足りない。
かといって、それ以上も思い浮かばない。
「………行くか」
こんな時に限って、自分のおしゃべりはどうした?皆を盛り上げるための俺様の声は?
――でも、良いと思った。
こいつにだけは、自分の本当の姿を、少しくらい見せても…、と…。



戻る最中に、しいなは眠りに落ちた。
ゼロスの胸に体を頼らせて、ほっとしたように、安らかに。
その寝顔を見ながら、ゼロスは柄でもない、しかしとても優しい――微笑みをしていたと言う。



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