「………………ん……」 ここは、ホルルト村のアデルの家の一室。時は、真夜中。外で、梟の変わりに怪しげな魔物の鳥の声が静かに鳴いているのが、耳の遠いところでかすかに聞こえてくる。 この部屋で、ついさっきまで深い眠りについていた者―――侍の、閃光。彼は、何やら異変を感じて、呻くように声を洩らしながら、うっすらと目を開けた。 もぞもぞ……もぞもぞ………… 布団の中――正確には、自分の羽織っている布団の足元の辺りで、何かが蠢いている。 真っ暗な空間の中で、そこだけが活発に動いている様は、なんだかとっても不気味に見えた。 「……んん…?な、なんだ………?」 まだぼーっとする頭を必死に覚醒させて、閃光は重い身を起こして、尚ももぞもぞと蠢いている膨らみをじーっと凝視した。 その膨らみはさほど大きくはない。自分よりも、一回りか二回りくらいは小さいと推測する。夜中で視界が悪い上、布団の中にすっぽり入っているため、それがとりあえず生き物だという事以外は、なんなのかはっきりと特定することは出来ない。 も……もしも敵だったら…どうする……? そんな不安が脳内をよぎり、閃光は、ごくりと生唾を飲み込んだ。 今は武器は何一つ持っていない。頼みの愛刀・妖刀村正も、部屋の隅に傾けてある。こんな非常事態を予想出来なかったという事もあり、日頃から枕元に剣を置いておかなかったのは不覚だった。 …こうなったら、最悪、素手で対抗するしか―――と、閃光がバッと身構えた瞬間――― 「せ―――ん―――こ―――――ううううう!!!!!!」 「っだ、うわあぁぁあ―――――――――ッッ?!!!」 閃光が反応するよりも早く、布団から勢いよく這い出てきたものに、いきなりがばりと飛びつかれて。 案の定閃光は、その侵入者―――こと、このとんでもない盗賊娘の夜這いに、早速一敗喰わされる事となってしまった。 小夜泣き鳥 「………で、これはどーゆーことだ……?」 「うにゅうぅ…」 とりあえずのお仕置きにと、閃光に叩かれてひりひりする頭を抱えながら、彼の問い質しに、侵入者である盗賊娘・シャルルは、そんな風に小さく呻いた。 夜中であるというせいもあってか、今のシャルルの格好は普段とは違い、袖の長めな寝間着を着ている。あのいつも被っているふたまたの帽子は、寝間着と同じ柄のナイトキャップになっていた。当然、ゴーグルはつけていない。後ろで一つにまとまっている髪も、今は自由にしてやっているようだ。 そんなシャルルの格好に、子供くささをたいへん感じながらも……、呻いたまま小さく縮こまっているシャルルをじとりを見下ろして、閃光は拳を拳骨形にして、ずずいっとシャルルに詰め寄る。 「シャ〜ル〜ル〜〜〜?早い所理由を述べねえと、どうなるか分かってるよなぁ〜…?」 「あっ、あうぅ、わかったよぉ、話す、話すからぁっ!」 閃光の、睨みと、目の前に翳された拳骨と、どす黒いオーラに負けて、あわあわと手をぱたぱた振りながら、慌ててシャルルは白状し出した。 「えと…その、あのね………一人で寝るのが…怖くって…その」 「はぁ?」 シャルルの言い分に、はた、と閃光は眼を見開きながら、呆れたように言った。 更にその続きを聞くと、どうやら、昼間ローラやユリエといった、女の子集団で怖い話をしていたらしい。まあ所詮は全て作り話なのだろうが、何せ話し手があのローラだったとか。 確かに、あの表現力の豊かな話術を誇るミーハー少女・ローラだったら、雰囲気バッチリ恐怖感醸し出しまくりで語るのは造作もない。よって、案の定、それを真に受けまくったシャルルが、夜中に一人で眠れないという惨状に陥ってしまったのだ。 「お前なぁ……お化けが怖いとか、ガキじゃあるまいし…」 閃光のその言葉が不満だったのか、ぷくっと両頬を膨らまし、シャルルが怒りを露にして、閃光にずいっと詰め寄る。 「もー!あたしガキじゃないもん!!そ、それに、あたし、これでも真剣なんだからね?!」 「わ、分かった分かった…分かったからまず落ち着け」 まだ頬を膨らましながらも、とりあえず大人しく引き下がったシャルルを見下ろして、ふうっと閃光は溜息をついた。 「……で?それで俺の布団に潜り込んだ、と?」 「うん」 なるほど…、と事の成り行きを完全に理解した閃光は、片膝に顔を埋めながら、二度目の深い溜息をついた。 幾ら怖くて眠れなかったとはいえ、真夜中にこんな少女に夜這いされるだなんて、本当に冗談ではない。頼られている証拠だとはいえ、いかんせん、あくまで自分は男で彼女は女。こんな深夜に異性が二人一緒にベッドの上にいるだなんて、不謹慎だという他に言いようが無い。 まだぐったり顔を俯かせたままの閃光に、下からシャルルは覗き込むようにして近づいてきた。 「そ、そんでね…そんでね閃光、お願いがあるんだけど……」 「……なんだ…」 と、閃光が顔を上げて目が合ったのと同時に、上目遣いで呟いた。 「あのね…今日、一緒に寝て……?」 ドッキューン。 慣れない上目遣いの上、好きな子にそんなうるうるした瞳で懇願されて、閃光がときめかない筈はなく。案の定、心の臓にクリーンヒットしてしまい、興奮し過ぎてクラッといってしまいそうな感覚に絶えながら、くうぅっと閃光は丁度近くにあった枕に、ガバッと顔を突っ伏した。 (かかか……可愛すぎるんだよ畜生………!!) 身悶えしている閃光に、もしかして却下なのか、と不安な赴きで、シャルルはそーっと閃光の様子を覗き込む。 それに気付いて、閃光がシャルルの方をちらりと見れば、シャルルはまだ、あの胸をときめかせる、可愛らしくてたまらない表情のままで此方を見上げている。 「閃光…?だめ…?」 「……………だ……駄目じゃ……ない」 まさか、こんなに純真な瞳で訴えてくる彼女に、『駄目』なんて酷い返事を言える筈もなく。 先程自分で『不謹慎』と相打った筈の結果を招くのを、思わず自分で許してしまった。 「ほんと?!うわぁーい、ありがと閃光ーっ!」 「フ、フフ……はははは………。……どういたしまして…」 自分の色々な面での貧弱さに激しく後悔しながら、嬉しさのあまり抱きついてきたシャルルの頭を、優しくなでなでと撫でてやる。 俺、本当にへっぽこかもなぁ…と思わず思ってしまった閃光の悲痛な空笑いが、静かな部屋の中で、暫く、とても虚しく響き渡っていた。 「……よっと…、…ほら、こっち来いシャルル」 「うんっ♪」 少し間隔を空けて、先に寝台に横になった閃光に手招きをされ、ぴょんっとシャルルが上機嫌でベッドに潜り込む。 ぽこんと上の方に顔を出した所で、閃光と目が合い、にししっとシャルルはにんまり微笑んだ。 閃光は、その笑顔に惹かれつつも、本来この言語道断の状況を自分自身で許可してしまったさきの自分の反省もあり、なんだか納得がいかない複雑な気分でいると、ふと、とある事に気が付いた。 「…お前、枕置いてきたのか?」 「あ、ほんとだ!え、えへ…忘れてきちゃったみたい」 「…ったく、しょうがねーな…」 一つのベッドに二人寝るのはまだしも、流石に、一個の枕を二人で使うわけにはいかない。幾らなんでも狭すぎだ。少しの間、はて、どうするか…と考えて、閃光は、シャルルの頭がきそうな所に、ぼすっと腕を伸ばして広げた。 それに、はた、とシャルルは目を瞬かせ、首を傾げながら閃光に問う。 「…閃光、もしかして、これ、うでまくら…?」 シャルルにはっきり言葉にされた事が照れ臭かったのか、閃光は視線を泳がせながら、ぼそりと呟いた。 「……寝難いだろうけどな、その辺は我慢しろよ…?」 「えへへ…ありがと、閃光!」 笑顔で礼を述べると、すぐにぽすっとシャルルは閃光の腕に頭を乗せる。 確かに閃光の言うとおり、彼の腕は見かけによらず、鍛えられてごつごつとしていて、決して寝易くはない。が、すぐそばで感じる好きな人の肌の温かさで、そんなことなど気にはならなかった。 ますますご機嫌でにこにこした笑顔のままのシャルルに、閃光がぼそりと呟くように突っ込む。 「……なぁ、なんでそんなに元気なんだよ?」 「えー?だって、嬉しいんだもん。今閃光と一緒にいるんだなぁって思って」 「いつもいるだろ」 「んー、確かにいつも一緒にいるけど、こんな夜中も、こうやって一緒にいるのは初めてだから…。それに、いつもとカッコが違う閃光も見れて、それも嬉しい!」 「………カッコ違うって…、そりゃなあ」 シャルルの言い分に納得しつつも、後半の付け足された言葉のせいで、思わず閃光は呆れ半分にそう呟いた。 流石に、寝る時にまでいつものような格好をしているわけはない。いつも高く結い上げている髪は下ろし、服装も、幾分寝るのに楽な着物に着替えている。 初めてこの格好を晒した時に、ルーウェンに『誰?!』と真顔で突っ込まれた事を、思わず思い出してしまったが……、なんだかムカついてきたので、もう一度忘れる事にした。 「やっぱりお前も、変だと思うか?」 「んーんー。閃光は閃光だもん。」 「そっか……まあ、いつもと違うのは同じだもんな」 言いながら、閃光はそっとシャルルの艶やかな金髪に触れた。捕まえた指先から、すぐに、するりと容易く流れ落ちていってしまう。 「じゃあさ、じゃあさ、あたしは?あたしはへん?」 「…………子供っぽいのに変わりはな……おっとなんでもない変じゃない」 「っちょ!ご、誤魔化しても遅いよぉおー!」 思わず口から零れた失言で、真っ赤になって怒り出したシャルルを、まあまあ、と閃光は宥めてやる。 それで怒る気が失せたのか、まだ納得がいかないような顔で頬を膨らませながらも、ぽすんとシャルルは再び布団に寝そべった。 「本当に、悪かったって。もう怒るな。」 「………ん」 機嫌をよくしてやろうと、謝罪の言葉を口にしながら、優しく髪を梳くように頭を撫でてやれば、むっつりとした表情はゆっくりと、いつもの彼女の顔に戻っていった。尚も暫く撫で続けてやると、それが心地良いらしいのか、いつの間にか目を瞑ってまどろみに浸っているような顔をしていた。それはまるで、猫が頭を撫でられて気持ち良がっているようなものによく似ていた。 見る限り、どうやら機嫌はすっかり直ったらしい。ころころ変わる彼女の表情と機嫌に苦笑しながらも、それをどこかで『いいな』と思う自分がいた。 「……ね、閃光」 「どうした?」 ふと、まどろんでいたシャルルが閃光を呼ぶ。言われて視線を其方に落とすと、いきなりがばりとシャルルが抱きついてきた。 「しゃっ、シャルル?!」 閃光が思わず、真っ赤になって叫ぶ。そんな閃光の様子などお構いなしに、シャルルはぎっちりと抱きついたまま、うりうりと頬を摺り寄せてくる。 「……しゃ、しゃる……る……」 「閃光、大好き〜〜!」 すっかりのぼせかけている閃光に、更にはそんな告白めいた言葉が上乗せされて。 「―――ッ」 やばい、と閃光は思った。 シャルル的にはこのくらい、撫でられて気分が良くなった勢いでの、ちょっと感極まったスキンシップなのかもしれない。だけれど閃光は違うのだ。シャルルにとってはなんでもなくとも、閃光は何時まで経ってもこの突然の抱き付きに過剰反応を示してしまう。 ふと、胸の奥から、ざわざわとした欲求が溢れ出てくるのを感じ取る。それは、先程シャルルと一緒に寝ると決まった時から、ずっと我慢していたものだった。 予想外のシャルルの密着で、我慢しておけると思っていたものが、こんな時に限って蘇ってきた。彼女の背中のすぐ後ろで、ぷるぷると自分の手が震えている。少しでも気を抜けば、その手を彼女の背に回してしまいそうだ。 我慢が限界に達するより早く、なんとか気を落ち着けねばと、慌てて閃光はシャルルから離れようと身をよじる。 「ちょ、まっ…シャルル、は、放してくれ!」 「なんで?だめ?」 「だ、駄目とかそういう訳じゃないんだが…その……」 「じゃあいいじゃん〜、ぎゅ〜っ」 「―――ッ」 ああ、駄目だった。 やっぱり自分は、我慢なんて、まともに出来るような性質じゃないんだ。 ―――……そんな風に、閃光が激しく後悔するのは、恐らく正気を取り戻した翌日のこと。 「……え?」 一瞬、視界がくるりと素早く反転するような感覚がして。 気が付いたら、シャルルは何故かベッドに押し倒されていた。 両肩に、閃光の手に強く強く掴まれて押し付けられる感触がする。すぐ目の前には、部屋の天井と、真っ赤な顔で目を伏せている閃光しか見えなかった。 「せ、んこ……?」 恐る恐る、彼の名前を呼んでみると、閃光はゆっくりと瞳を開けて、此方を見下ろしてくる。 いつの間にか、彼の赤面など何処へやら。そこに残ったのは、ある意味見慣れた『とっても危険』な、彼の妖しく恐ろしい微笑みを称えた表情だけ。 「せ、せんこ……ごめ、その、や、やっぱあたし戻…」 身の危険を感じ、慌てて、途切れ途切れに言いながら身を起こそうとしたら、即座に閃光が、腕できつくベッドに貼り付けるようにシャルルの身を拘束し、シャルルはあっと言う間に動けなくなってしまった。 「……人を散々弄っておいて……今更、無事に帰してやるわけがないだろ?」 「――――ッ!!」 ニヤリと笑みながら、そう閃光が呟いたのを聞き取って。 思いっきりシャルルの額に青筋が走った。 「やっ、やだぁっ!やだってば―――!!せ、閃光、や、やめて―――――!!」 じたばたと暴れて抵抗してみせるものの、多分それは本当に今更のこと。 既にスイッチが入ってしまった閃光に、そんなものが効くはずもなく。 「怨むなら、その気にさせた自分を怨むことだな」 「に゛っ、に゛ゃぁ―――――――――――――――――――――ッッッ!!!!!!」 真夜中のホルルト村に、一人の猫娘の絶叫が響き渡る。 案の定、即座に止められたその悲鳴を呑み込んだのは、もれなく彼女に覆い被さる、騎虎の勢いに目覚めし黒豹。 さきの悲鳴に気付いてばたばたと逃げるように飛び交っていったのは、夜を告げる梟か、はたまた、夜明けを告げる小夜鳴き鳥か。 どちらにせよ、ゆったりとした眠りに浸れるまで、どうやら、まだまだひどく永いらしい。 あとがき。 以上、懲りずにやってしまった、侍×盗賊なお話でした。 シャルルが夜這い→一緒に寝る事に→耐え切れず襲(ry)というありがち・かつ、一度はやってみたかったネタ。閃光は一応頑張って我慢してはいるんですがやっぱり案の定キレる…。ドSのサガですね(笑えヌェー) タイトルの小夜泣き鳥…本当は小夜鳴き鳥なんですが、これはナイチンゲールのことです。辞書で偶然見つけた言葉です。辞書は小説のタイトルつける時に重要なアイテムです!もう手放せない(何)。 それでは、ここまで読んで頂いて有難うございました。お気に召されましたら幸いです。 ブラウザバックでお戻り下さい。 |