それは、やけに天気の悪い日に出撃した時の出来事だった。どこまでも続く木々と暗闇の中で、二人はただ、何もする事もなく、たたずんでいた。
「ここ、どこでしょう…。」
「さぁな」





迷いの森





出来事は、今日の朝方の作戦会議に振り返る。
「げーっ、こんな天気の悪い日に出撃なのかよ?!」
オスティア候弟へクトルは、思わず大声で不満をもらした。目付け役のオズインがぎろりとこちらに視線を向けて、へクトルを黙らせた。
確かに、今日の空は雲におおわれていて、朝方でもランプの明かりが欲しくなるくらいである。
となるとほとんど光の入らない作戦会議の行われているテントとなると、ランプなしでは夜型そのものに思ってもいいくらいになる。
そしてこの日行われた作戦会議で説明された内容では、その戦いは午後くらいから決行するとの事。
ただでさえ気分が暗くなる日に、疲れる戦いをするとあっては、かなり嫌な感じである。
「へクトル…、確かに気分は乗らないけど、仕方ない事だろう?」
へクトルの親友エリウッドが、もっともな意見を彼に言った。
「でもよ〜…。」
「へクトルあなた、ライアンの指示に従えないって言うの?!」
ほとんど対立していると言っても良い、リンディスが意見をぶつけた。その意見に思わずむっとし、思考の奥が少しばかり煮えたぎる感覚を覚えた。
「ちげぇよ。ただ気がのらねぇだけだ。」
「どうかしらね。」
「リン、てめぇ…。」
「わーわーっ、二人とも、やめないか!」
二人の喧嘩が始まろうとするのを、エリウッドが慌てて止める。このままでは絶対に武器を構えて、大暴走する事は目に見えている。
しかもそれに私情事やなんやら付け加えて、周りの人や建物に被害が行くのだろう。
一番その事を知っているエリウッドが止めざるを得なくなるというわけだ。
「……りん…。へく…。」
軍師ライアンが、リンの服の端っこをつかんで二人に話しかけた。
「あ、ライアン?」
「ライアン!どうかしたか?」
二人の喧嘩が一瞬止められた。さすがライアンだと、エリウッドは思った。だが。



「…い いかげ ん……やめ な い と……地の底の彼方にブチ落とすよ?」



可愛い花にはトゲがある。へクトル、リン、エリウッドを含めテント内に居た者達全員が体を凍りつかせ、軍師の存在に恐れをなした。
ちなみに、彼女は微笑んではいるがそれでも感じる恐ろしきオーラをまとっていて、それは怨念とでも言っても良いほどの。
びしりと凍りついた体が完全に戻るには、作戦会議が終わって彼女が去るまで続いた事は言うまでもない。
「ヒースっ!」
「ああ、作戦会議終わったんですか?ライアンさん。」
楽しそうに会話する軍師ライアンと竜騎士ヒースを見て、誰もが彼女のトゲに彼が気づかない事を祈った。
「ライアンが怖い…。」
「あいつも怒るんだな、あんな風に…。」
「…………。」
ロード三人衆の中で唯一無言であったエリウッドが、ふらりとよろけて椅子にどさりと腰掛けた。かなり顔色が悪い事は誰もがわかるぐらいであった。
「おいエリウッド、大丈夫か?!」
「ライアンを見たら…なんだか急に気分が…。」
生気でも吸い取られたか、とでも疑問が浮かびそうな彼を見て、誰もが背筋にぞくりとした感覚を覚える。
彼女は絶対怒らせてはならないと、無言の承知がとびかう。
「エリウッド様!大丈夫ですか…?!」
エリウッドが倒れかけたと聞いて、テントに踊り子・ニニアンが飛び込んで来る。
「ニニアン?……ごめん…。心配させてしまったね……。」
「いえ…。私は、エリウッド様がご無事なら…。」
見つめ合う二人の周りが異様に蒸し暑くなってくる。人前でやる事に人の事が言えないのは、そっちも同じだろうと突っ込もうとしても、誰も突っ込む事は出来なかった。
結局、簡単な説明のみで終わった会議に参加した者達はしばらくライアンに逆らえなくなり、参加しなかった者には大きな疑問を与えた。






そして戦いの幕はおろされた。
エリウッドを主とする騎馬部隊が真っ向対決を挑んでいる間、へクトルやリン、歩兵部隊、飛行部隊を含めた部隊が敵のふところを仕留める。
今回はこう言う戦法である。しかし天馬・竜騎士部隊はまだしも、歩兵部隊は森の進軍を余儀なくされ、かなり急がなければならない事に変わりはない。
つまり、ヘクトルの言う“疲れる”戦いになる事は確実なのである。
「マジかよ。」
その意見を言うには時すで遅く、すでにもう森の中を進軍している歩兵部隊一行。今更反論する暇さえない。
「ほらへクトル、ちゃんと走りなさいよっ!!」
「俺は重歩兵系なんだからしょーがねぇだろっ!!」
…それ以前にそうして言い争っている場合なのかと突っ込みたくてしょうがない。
「あっそ。じゃ、先に行かせてもらうわっ!」
そう言って、さっさとリンは先を急いで行ってしまった。
「あんにゃろ・・・。」
気づけば、周りに人がいない。自分を置いて、皆先に行ってしまったのだろうか。
確かに自分は遅いし、サクサク進めるわけでもないが、だからと言って置き去りはねーだろ、と皆の足跡を見て、足を急がせた。






しかし、どれだけ走っても皆の姿は見えず、それどころか足跡を見失ってしまい、自分がどこにいるかさえわからなくなって来た。
息が苦しくって、一端足を止める。
「ひでぇよ…。」 とにかく、そこらにある樹に背中を傾ける。息を整えて、空を見上げた。
けれども、何も見えないし、見ているだけで気分が落ち込むような曇り空を見ていると、嫌気がさしてしょうがなかった。
目を瞑って、斧を置いた。とりあえず一休みしたかった。
そして、ゆっくりと眠気が襲ってきた時…。



「きゃああああああっ!!!!」



「んなっ?!」 聞きなれた声がこちらに向かって来る。急いで目を開け、立って辺りを見渡す。
頭上を見れば、そのには落ちて来る天馬騎士と、天馬の姿が見えた。
その、落ちて来る天馬騎士を、自分は知っている。受け止めてやりたいと思っていた、潤んだ瞳とふわふわとした髪を持った少女。
「フロリーナ―――――っ!!!」
一度視界が反転し、再び目を開ければ、そこには落ちて来た天馬騎士とその愛馬の姿が目に入った。
前にも同じ事があったが、その再来のように見事に一人と一等を抱えて。
「ふぇ…?」
「お前、また落ちて来たのか…?」
涙目の彼女にヘクトルはそう話しかけた。呆れた思いと、嬉しい気持ちとが重なりながら。
「へクトルさま…?」
ゆっくりと彼女と天馬を下ろし、(と言うか、天馬は早く下ろしたい)途中樹にあたったのかついている葉を取ってやりながら、へクトルは微笑んだ。
「あ、ありがとうございます、へクトルさま…。」
「どーってことねぇよ」
彼女の頬が赤く染まり、溜まっている涙を拭いた。強くなったつもりでいたのに、まだ未熟な自分に反省する。
そんな彼女に、へクトルは軽く頭をぽんとなでてやる。
先程の気分が嘘のように、和んだ空気に包まれた。けれども、よく状況を見れば。
「ここ、どこでしょう…?」
「さぁな」
そう、二人は完全に迷っていた。もともと迷っていた彼に彼女がくっついた感じである。
天馬で飛んでいけば楽なのだが、愛馬ヒューイはやっと単体で飛べるかどうかと言う状況である。
「ヒューイ…、皆さんに、私達の事を伝えてくれる?」
そうフロリーナが言うと、ヒューイはフロリーナにすり寄り、その後空へと飛んで行った。それを見送った後、二人は途方に暮れる。
「とにかく…、こっちの方角であってると思うから、歩いてみるか。」
「はい…。」
そして二人は歩き出した。と言ってもかなりぎこちなく。最近リンのせいで逢ってなかったものだから、どうしても口が回らない。
「えーっと…」
「お前」
フロリーナが口ごもっていると、へクトルがこちらを向いて、何か聞いてくる。
「え、あ、な、なんですか?」
「お前さ、どうしてこんな後ろ側に落ちてきたんだ?」
確かに、自分がいるのは本軍からかなり遅れて後ろの方だし、
歩兵よりも早く進める天馬騎士が自分の所に落ちてくるのは、つじつまが合わなかった。
「えっと…、私、お姉ちゃんに頼まれて、輸送隊から荷物を取ってきてって…。」
それで後衛に向かっている途中、見事に自分の所に落ちてきたというわけで。
やっと理解できて、けれども妙に呆れる、なんだか微妙な感じだった。
「まあ、とにかくお前が無事で何よりだ」
「……心配、してくれるんですか…?」
フロリーナが首をかしげる。もじもじと、手をいじくりながら。
「…当たり前だろ。俺が見てない時がすげー心配だ。
無理してないかって、怪我してんじゃないかって、心配でたまらねー。」
「ふぇ…?」
言ったはいいものの。どうしても後が恥ずかしくなってしょうがない。二人は顔を真っ赤にして、ただ足だけが進む。
「…とにかく、お前のことが気になって気になって、しょうがねーんだよ、俺は…。」
ぼそりと、そう呟く。周りには誰もいないけど、彼女だけに聞こえるように。
「へクトル…さま…。」
嬉しくて嬉しくて、思わずフロリーナの瞳に涙が溜まる。
「だっ、なんで泣いてるんだっ?!」
慌ててへクトルはフロリーナを見つめた。あたふたと落ち着きようのなく。
「だって、へクトルさま、こんな時にも、優しくって…、そしたら、涙が、止まらなく…。」
純粋にこちらを見つめる、彼女が愛しくなってどうしようもなくなってくる。
抱きしめたい衝動に駆られる。
けど、それを必死に抑えて、手袋の脱ぎ捨てられた手で、彼女の涙を拭き取った。
「…泣くなよ。」
「ふぇっ…、へクトルさま…。」
涙の跡を抑えている手が、ゆっくりと頬を包む。その手は、静かにフロリーナの顔を上げさせ、そして、互いの距離を縮めていく。
二人の吐息が、重なりそうになった時。



ずばぁっ!!!



びくりとして、二人は音のした方を見た。するとそこには、無様にも倒れている大木があった。
それはまるで何かに切られたように、綺麗な切り口であった。こんな風な切り口をつけるものと言ったら・・・。
「へクトル……。」
空にも負けじと異様なオーラを放つリンの姿があった。
その眼は明らかに据わっていて、両手にはそれにともなって光るマーニ。カティと、ソール・カティの姿が見受けられる。
まるでリンの心身に反応するかのように、大きな殺気を伝わせながら。
「リンディス!へクトル達は見つかっー」
同じく二人を探しに来たエリウッドは、そのリンの様子を見て絶句した。無論共に居たニニアン、フェレ・オスティア・キアラン騎士団も同様に。



「フロリーナに手出ししようとしたわね―――――っ!!!!」



高らかな声と共に、鬼神と化したリンが剣を振り回す。へクトルは木々に隠れ、それをリンがチェーンソーのごとく切り刻んでいく。
はたから見れば明らかに森林伐採のよう。
その様子を見ていたエリウッドが、ふらりと気を失って倒れた。
そして、ニニアン・フェレ騎士団を伴い強制送還。
ほとんどの樹が切られ、いよいよへクトルは追い詰められた。目の前にリンがたたずむ。
「覚悟!!」
「くっ…!」
ヘクトルは眼を瞑る。まだ思い残した事は色々あるのに。そして何より、自分はまだ、フロリーナと共に居たかったのに…。
剣が、振り下ろされる。






「……?」
しかし、一向に自分に刺さる気配がない。殺気もなく、痛みも感じない。
ゆっくりと、眼を開けてみると。
「……っ」
リンの両手がしっかりとつかまれ、リンはかなりつらそうな表情をしている。そしてリンの手をつかんでいるのは。
「…お前、ラスじゃないか!」
「…やめろ、リン。仲間同士が争う事はない。」
ラスはリンの手を握り締め、両手の剣がぽちりと落ちた。そしてリンは地べたに座り込む。
「う…うっ…。」
先程の彼女とはまるで別人のように、リンが泣きじゃくり始める。
その様子を、ラスは真剣に見つめ、リンをさっと抱えて、こちらに振り向く。
「…先に行かせてもらう。」
愛馬に乗り、二人は戦いの終わった、他の皆が休んでいる場へと向かって行った。
それを見て、誰もがあぜんとしていた。
「リンを止めるなんて…。」
「リンディス様、ラスさんには頭が上がらないって、この前言ってました。」
「マジかよ。」
あのリンにも意外な弱点があったもんだ、とへクトルは絶句した。






その後、皆と共に二人を追いかけた。
軍師ライアンが言うには、リンは今ラスと共に庭で休んでいるらしい。
すぐ立ち直る、とライアンは言ったが、どうも気にかかってしょうがなかった。
「後で、リンディス様の所に言って見ます…。」
「そのほうがいいな…。」
自分はまだ行くのに恐怖感があるが、フロリーナが行くとなると、自分も行かなくては情けない。勇気を出して行って見る事にする。
「ま、それはそうとして。」
「ふぇ?」
ほんの一瞬。
吐息が、重なって。
「へ、へくとるさま…?」
「さっきの続きだよ」
頬を赤くして、そのまま去っていく。
そう、この行動と同様に。気持ちも、続いてる。
いつでも、心配しているよ。だから、こんなにも気になるよ。
それは、彼なりの。
彼女への、思いの証。



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