Liquorの誘惑



ドンドンドン!と無造作にドアが叩かれて、何事かと扉を開ける。

その途端なだれ込む様にして入ってきた赤色は、紛れも無いあの匂いを纏っていた。





Liquorの





そこらかしこから絶え間なく聴こえる水の音。此処は水上の帝都、グランコクマ。そこの宿を借りて今日の宵を過ごす事になったルーク一行。
そしてここはティアの泊まっている部屋。もう十時を回るかと思うぐらいの時間に、一人本でも読みながら時間を潰していたら、いきなりドアが激しくノックされた。そしてドアを開けて見ると――この事態に陥ってしまった。
ドアを開けた瞬間に、何故かルークが倒れてきた。無論、それを咄嗟に受け止めてしまい、ドサリと自分に彼の全重力がかかる。自分よりもはるかに多い体重に耐え切れなくて、足が思わず曲がりそうになったが、彼の足をずるっと引き摺ったところでなんとか耐えた。
「もう…ッ、何?!」
この事態に理解が追いつかなくて思わず声を高ぶらせる。そして、はた、と目の前を見ると、そこには見慣れた人が居た。変わらぬ笑顔を浮かべ冷静を装う、ルーク一行の年長者・ジェイド。片方の手がまるで『ルークを此方に引き渡した』ような仕草で制止している。
「…あの、大佐。ここここ…これは一体どういうことですか…?」
恐る恐るご機嫌な笑みを浮かべるジェイドに問うと、あっけからんとした答えが返って来た。
「いやー、行き着けの酒場に居たらルークがやって来たものですから……好奇心に負けて酒を飲ませたら、そのザマです」
「み、未成年に酒を飲ませたんですか?!」
「ええ、しかもとっておきの秘蔵の品を」
言うからにアルコール度数の高めのものを飲ませたに違いないと確信した。
一体何を考えているのだろう、この人は…!
呆れかえる様な、はたまた何をしているんだと問い詰めるようなティアの視線に、ジェイドは眼鏡をくっと上げながら呟く。
「ああ…言っておきますけど、私は止めましたよ?私の意見を聞かずにルークが酒を一気飲みしたのが悪いんですからね。折角の秘蔵の品の味もあったものじゃないですよ全く」
「一気飲み……?!」
一気飲みときたか、このおぼっちゃまは。
悠々と自分に未だ寄り掛かったまますんとも反応しないこの青年をちらりと見やって、思わずティアは彼を支える手にぐっと力を込めた。
「ルークの部屋は一番遠いので、年寄りの私には負担が強すぎましてねぇ……とりあえず彼のことは貴女に任せます。あとはどうにでもしちゃって下さい」
「そ、そんな…大佐、私にどうしろと…」
「さぁ…その辺は想像の範囲外ですねぇ。……では、私はこれで失礼します」
「ち、ちょっと…!」
待ったの言葉を完全に無視して、ジェイドはそそくさとドアを閉めて立ち去っていってしまった。
「あああぁ…行っちゃった…」
縋るように伸ばした手の行き場がなくなって、思わず体の力を抜かしよろよろと座り込む。同時にルークの体も地に落ちて、ほぼドアの前に倒れこみ突っ伏した状態に等しかった。
ふとそこで思い出すと、そういえばジェイドの全く使われていなかったもう片方の腕で、何かを担いでいたように思う。見るからに人のような気がしたが、あの様子ではほぼルークを自分に引渡し、そしてもう一人はぬけぬけとお持ち帰りしたということなのだろうか。
頭半分が硬直する中、微かに見えたあのツインテールの人の行先を想い、とりあえず少し御武運を祈った。
…と、そこでふっと我に返ると、目の前には変わらぬ情景。
「…どうしよう」
部屋にぽつんと残ったのは、完全に寝息をたてて泥酔するルークと、放心してただ座り込むティアの二人だけ。部屋の遠くで、かちこちと虚しさに似た感じで、ただ時計の針の音が木霊していた。






「……よいしょ…よいしょっ…」
ずるずるとルークの足辺りが床を引き摺っている。とりあえずドアの前で倒れているのというのだけはなんとかしようと、ひとまず部屋に備え付けのベッドに寝かせる事にした。
が、明らかに自分より重い彼を運ぶのは容易ではなくて、彼の下に自分が入り込むようにして無理矢理担ぎ、ずっしりと襲い掛かる重力に逆らいながら、一歩一歩ベッドへと運んでいく。何分、いや何十分もの時間をかけて、漸く彼の身をベッドへと横たえた。
「はあっ……もう、手間かけさせて…!」
すっかり荒くなってしまった息を整えながら、ティアはぐったりとベッドに寄り掛かる。
随分と苦労し、自分はすっかり虫の息だというのに、正反対に目の前のルークは悠々と眠りこけている。無邪気な寝顔で寝息をたてる様は、今のティアからしてみれば恨めしさの象徴のようでしかなかった。
「すかー…すかー…」
「…呑気に寝ちゃって……」
明日彼が起きたらどう叱り付けてやろうかと思いながら、ティアはそっと眠りこけるルークの顔を窺った。普段もまるで一人だけあかぬけたように世間知らずで無邪気な顔をしているが、寝顔は更にそれを表しているかのようだった。強いて言うなら無垢、分かりやすく言うなら、子供っぽい。
けれどもそれが彼なのだろうなと思い、静かに手を伸ばす。そっと彼の赤い髪に触れて手でさらりとすく。しょうがないのだろうけれど、ほんのりとお酒の匂いがした。多分彼の頬とか鼻の辺りとかがほんのりと赤いのも、酒のせいなのだろう。
それだけでもつんと鼻にくるからして、相当強い酒だったのだろうと想像した。全く本当にあの軍人は何をやっているのかしら、と思いながらふっと立ち上がった。
しかし、冷静になって部屋を見渡して、ティアは漸く事態に気付く。



「……私…今日どこで寝ればいいの…?」



ベッドは見事に占領されている、おまけにソファで寝ようにも、かわりの毛布らしきものは何処にもない。ナタリアかアニスのところに泊まらせて貰うにしても、気がつけば一時間は経過していて今は十一時。今更泊めてくれと言いに行くには失礼な時間だし、おまけに多分片方はあの今回の主犯格の手に落ちているだろう。
かわりに自分がルークの部屋に行くにしても、探しても探しても彼の部屋の鍵は無い。もしやそれすらあの主犯がご丁寧にも奪って行ったのかも知れないとの考えが湧き、多分それは的中しているのだろう。
……頬辺りに冷や汗が落ちるのを感じながら視線を落とせば、未だ眠っているルークの姿。まさか一緒に寝るだとか、そういうわけにはいかない。プライドだとか色々あるけれど、兎に角絶対にそれは避けたい。
「………そ、そうよ…ホテルの人に毛布でも借りてくれば…」
思わず一人心臓をバクバク鳴らしながら、半ば無理矢理に自分を落ち着かせ、とりあえずホテルのカウンターに頼みに行こうと、部屋を出ようとして。
突如、後ろから引っ張られて、視線が一気に反転した。






「……ちょっ…な…」
目をぱちくりとはためかせて、更には数分間の時間を要して、漸く自分の陥った状況を把握する。
視点がいつのまにかライト煌く天井に移り変わっているからして、恐らく自分はルークに腕を引っ張られ、そのまま何故か押し倒されてしまったのだと確信した。
「ルーク!!あなた何やってるのっ?!!」
思わず声を荒げて叫び、必死に彼の髪をぐしゃぐしゃと手で鷲掴み顔を上げさせる。
……図々しくも、一風変わらぬ顔して、まだ寝てる。
つまりはあれ、寝相の一種であったのだと確信した。……一体どんな器用で都合の良い寝相をしているのだと、目の前の惨状を疑った。しかし悲しくもそれは目の前で実現しているもので、この不利な体制で不利な力の差では、全く手が出せない。
なんとか上から、もしくは下から這い出ようとしても、完全にのっかられてるこの状態では身動きなど出来やしない。
ルークから匂う酒の匂いが間近で香り、悔しくも自分もそれに一瞬酔いそうになって頭をくらりと麻痺させたが、そこで負けるティアではない。ぶんぶんぶんっと首を振って再び意識を覚醒させると、ついに痺れを切らしてわなわなと震えだす。
「…も〜〜〜〜っ!!!ルークの、ばかっっ!!!」
「んあ――…すー……すか――……」
ティアの悲鳴に似た絶叫が部屋に虚しく響き渡り、しかしそれでも事態は一行に回復しない。声を聴いて助けに来る人とかも、時間が時間なので無論来ることはない。






結局このまま夜を明かし、翌日二日酔いの頭痛で目を覚ましたルークが、昨夜のティアのかわりに大絶叫を響かせた、とかなんとか。とりあえず早朝早々のこの傍迷惑な叫び声に、翌日ティアの説教そして仲間やホテルの人からの説教がプラスされたのは間違いないと思われる。










あとがき。
ルクティアでお酒ネタでした。る、ルーク全然喋ってない…!!(ガーン)
文中での大佐の目論みは『二人に酒を飲ませて酔わせ、ルークはティアに引渡し、自分はぬけぬけとツインテールの少女だけお持ち帰り』ということです。勿論ツインテールの少女はアニスのことですよ(ナヌ)。
こんなシロモノですが面白いと思って頂ければ幸いです。



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