イジワル
まだ、黒い牙に入って時期が浅かった頃。
アイシャは、ラガルトと相棒契約を結んでいた。
まだ組んでそう経たない新入り組みである。ラガルトは単身色々と手柄を立ててはいるけれど、
自分と一緒では何処か見初められない。
だが、新入り組とはいっても仕事はちゃんと与えられる。
その仕事に向かおうとすれば、相棒は何かにつけて共に行動してきた。
相棒だから当たり前の事なのだが、終わった後も、ずっとである。
なんでなのか、アイシャには分からなかった。単身であればもっと色々な仕事も貰えるだろうし、
稼ぎだって独り占め出来るのに。
つかみどころのない相棒に、気が気でない自分もどうかしているけれど。
そんな時期のたまの休暇に、アイシャは、隣にいる相棒の表情をさりげなく窺った。こちらには気付かない。
単身の休暇を取っていると言うのに、それでもついて来る相棒には呆れたものだ。
もうこの際には、話す事なんてない。
二言三言話せば良い方ではないか、とアイシャはそう思った。
だいたい、こんな天候の良い日にわざわざ相棒と一緒に居て、喋るのもなんだか馬鹿げていたけど。
…そう言えば、何かラガルトが自分の事を問う事が、たまにある。と言っても、それをやすやすと教える
アイシャではなかったから、簡潔に、探られない程度に言って終えていた。
「…お前さ、好きなもんある?」
これだ、定番の探り文句。
「…好きな、何?」
「食べ物とか」
『好きな』をキーワードにして、さりげなく聞こうとしているのだ。
この間は『好きな色』とかを話したものだ。
「特にないわ」
そうあっさりと返した。正直に言った訳でも、真剣に考えた訳でもなく。
ただ、探られない為に――そのために返した言葉。
「それも、平均的なのか…んじゃ、嫌いな食べ物とかあるわけ?」
今度は『嫌い』をキーワードにした。
…いいじゃない、応えてあげるわよ。期待したようなもんじゃないの。
そう考えて、隣に寝そべる相棒の真上に顔を向けた。相棒に注がれる日の光を遮るように。
「特にないわ」
元々目は細いが、それをうっすらと開いていたラガルトが、目を閉じてにやりと笑った。
「どっちも同じかよ」
「好き嫌いはないもの、私」
一言で済むような、おざなりな会話しかしない。
――貴方もそう言う返事なんだから、別にいいでしょう?
日が傾き、アイシャの後頭部に注がれていた日の光が消えかかる。
すうっと涼しくなる感じがして、思わず目を閉じてその涼しさと風を感じた。
「好きな天気は」
「気持ち良い風が吹くなら、なんでも構わない」
「嫌いな天気は」
「雷とか。煩いんだもの」
「好きなタイプ」
「静かな奴」
「嫌いなのは」
「しつこい奴」
淡々とした会話を続ける。しかし、それは着々とアイシャの事を理解する内容だった。
もうすぐ、なのだ。
彼女について――彼、ラガルトが本当に聞きたい事を聞いてくるのは。
それを、アイシャも分かっていた。
―そうは、いかないわよ。そんなに私、軽くないの。
ずっと目を瞑りながら応えていたアイシャが、ここに来て初めて瞳を開けた。
そして、真っ直ぐに互いの瞳を見つめた。お互いの真意を確かめるように――
「…お前、さ」
「何?」
「…好きな奴いるか」
…は?
ああ…そう、そう言う事。
「黒い牙のなかで、首領に絶対忠誠誓える人なら良いわ」
「俺も同じ意見だな」
黒い牙で同志なら良い。それだけ言えば十分だと思った。
ラガルトは、寝そべっていた自分の体をゆっくりと起こし、目の前に居るアイシャを後ろに退かせた。
そして、怪しげににやりと笑った。
それにつられて、アイシャもにやりと笑う。にやにやと二人で怪しく笑う、それは互いに
何か企んでいる合図に他ならなかった。
「じゃ、俺はその中に入ってるかねぇ」
「さーてね」
そうやって、ふざけ半分にじらした。
「入りたきゃ、入れるように努力してよ」
「いいぜ」
一瞬、心の奥でその言葉に吃驚したのも事実だけども。
しかし今は――その前に、この状況を利用しない手はなかった。
「でも、
その前に貴方の事を教えてよ」
ここまで、アイシャは自分の事について少なからず教えてきたつもりだ。
自分がラガルトの事を教えても貰っても良い位には話しているはず。
「やだね」
「…あら、嫌なの?」
「嫌だね」
ラガルトの馬鹿みたいなプライドに、アイシャは少しばかり嫌気がさした。
別に私みたいにどーっだって良い事でも良いのよ。それぐらい良いじゃない。
そう思って、皮肉混じりにアイシャはこう言った。
「イジワルね」
そう、貴方はイジワルなのよ…なんだって私に教えてくれない。
特別な事を教えて欲しいんじゃない。それぐらい分かってるはずなのに、いつも貴方はこうだった。
「イジワルで結構」
「馬鹿みたい」
「馬鹿でも御結構」
隠すためなら、どんなにけなされても良い人。私みたいな女にでも。――本当に馬鹿な人。
教えて、教えてよ。貴方の事を。
必要以上は望んだりしない。――ほんのちょっとで良い。
ねえいいでしょう、ラガルト…私は相棒なんだから。
そうして―見詰め合ってどのくらい経つだろうか。
その緊迫とした雰囲気を、破ったのは他でもないラガルトだった。
「…そんなに、教えて欲しいか?」
「勿論」
ラガルトは不適に笑い、少しにやりと口の端を持ち上げた。そのまま、アイシャの黒髪をすうっと撫でた。
「交換条件」
「…何と?」
いきなり突きつけられた言葉にも動じないアイシャに、お前はいやに珍しい凛々しい女だ、とラガルトは呟いた。
その呟きを聞いたアイシャはくすりと微笑み、自分の髪を撫でる彼の手を取った。
本音を言うと、一体何を自分が差し出すのかは知っていた。
いつもじらして決して教えることのない、自分の事。ラガルトが本当に聞きたがっている事。
そして交換された貴方の情報は…私が望んでいたもの。そう、どうってことないもの。
――不釣合いね。
「違うものでも良い?」
「どれだよ」
「貴方と交換するものに、もっと釣り合いの取れるもの」
「…良いぜ」
貴方は、何を想像したんでしょうね。
予想外の出来事に焦っていると見た。にやついていた顔が元に戻ったもの。
にやついていない彼の顔が、いやに気難しそうに見えるのは私だけかしら?
その、気難しそうな顔の下に想像したものは――武器かしら、それとも金かしら?
それとも、私の手じゃあ一生届く事のない、もっともっと彼方にあるようなものかしら?
どうであれ、貴方じゃどうにも考え付かないことよ。
覚悟は出来てるの、貴方。
「はい、どうぞ」
ラガルトの空いている手の方に、自分の手を差し出した。その手は握られていて、まるでその中に
何かを握っているような感じにして。
「何」
「ほら、早く」
アイシャにせかされて、ラガルトは慌ててその握られた手の下に自分の手を差し出した。
その途端に、アイシャの手が開かれる。
――何も、ない。
「何もねぇ」
「あるわよ」
ふーん、と苦笑いしたラガルトが、手の平をわざとっぽく握って、「確かに頂きました」と呟いた。
そうして、手をひっこめると。
同時に、アイシャがとんで来る。唇が触れる。
「これが本当」
ほんの一瞬だけの彼女の微笑み。ほんの一瞬だけのキス。
だけど、それはアイシャの全て、だった。
その真意など、ラガルトには理解出来るはずがない。そう――分かっていたのに、止められなかったこの思い。
ほんとの一瞬だから。ただの悪戯だとしか、思って貰えないだろうから。
そう、分かっていた。
でも、その思いを明かすつもりはない。どうせ――通じるとは思ってはいないから。
そうして、アイシャはくすくすと笑い出した。隠すためだった。
本当の気持ちを、ラガルトに気付かせないための。
「…ふーん」
そう呟いたラガルトは、そのままにやりと笑って、先程の手を唇に一度触れ、そしてしっかりと握った。
「確かに頂きました」
相変わらず、つかみどころのない男…と思った。
その意味にからかいが含んでいるのだとアイシャは思ったのだ。
その様子を見て、ラガルトは苦笑した。
――つかみどころがねぇのはどっちかねぇ…、と。
「秘密、教えてよ」
「…良いぜ、相棒」
ラガルトにとっての、アイシャの記憶が大きくなった日。
アイシャにとっての、ラガルトの秘密が一番大事なものになった日。
全ては、イジワルな会話から始まったもの――。
平凡に過ぎていく毎日に、刺激が増えた今日この頃。
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