あいつが側に居たいと望むのは、『私』か?それとも、『フレリア王子』か?













































不安の理由














































夜に城内の見回りをしていたヴァネッサは、ふと、聞き覚えのある音を耳にした。
戦中に何度も耳にした、王子が矢を放つ時に発せられる、鋭い弦音。
見回りの時間が終わる頃になっても、その弦音は止む事がない。
こんな遅くまで鍛錬をしておられるのか。と思い、彼女は射場に足を運んだ。























城の敷地内にある射場には、堂々とした立ち振る舞いで弓を引くヒーニアスの姿があった。
足元に置かれた矢を拾い上げ、弦につがえて弓を構える。
ゆったりとした、それでいて隙の無い動作で、弦を引いて狙いを定める。
その一連の動きは、静かに流れる時間を内包しているように見えた。
矢を放つまでの早さがものを言う戦場では、こんな姿は見られなかっただろう。




少しの沈黙の後、今までの穏やかな動きとはうって変わった速さで矢が引き放たれた。
彼の手元から離れた矢が、光を思わせる速さで飛び、的の中心を貫く。
そして、ヒーニアスは相変わらず堂々とした様で、今しがた矢を放った先を見つめていた。




その姿にヴァネッサが見惚れていると、不意にヒーニアスがヴァネッサのいる方を向き、

「どうした、ヴァネッサ」

と、声を掛けた。
その事に、ヴァネッサはひどく慌ててしまった。

「すみません、王子! 邪魔をするつもりは無かったのですが・・・」

「邪魔などでは無い。 何か用か」

「用という訳では、ないのですが・・・」

ヴァネッサが顔を赤くするのを見て、ヒーニアスは苦笑した。

「どうした。お前らしくも無い」

「失礼しました、王子・・・」

「王子、か。 まあいい」

言いながら、ヒーニアスは弓を弓立てに立てかけた。

「ヴァネッサ。 お前は今、暇か?」

「ええ、一応は・・・」

「そうか」

ヒーニアスは右手に装着した皮手袋を外しながら、言った。

「ヴァネッサ。 今夜は、私の部屋に来い」

「え!? あの・・・」

「安心しろ。 何も、やましい気持ちがあるわけではない。
ただ、話をしたいだけだ」

「はい、王子。 分かりました」























無駄な調度品が全く無いヒーニアスの私室は、さっぱりとした印象が強すぎてむしろ冷たい印象を与える。
部屋の冷たい雰囲気と、ランプの中で燃える炎の温かみが、なんとも対照的だ。

白く小さい円卓を挟んで、二人は椅子に座った。
円卓の上に乗ったランプの炎が揺らめくたびに、お互いの顔の影が変化する。

「さて・・・」

そう言って間を置いてから、ヒーニアスはヴァネッサの顔を見つめた。
先程弓を引いていたときと同じ、これでもかというほど真剣な眼差しだった。
射抜くようなその視線に、ヴァネッサはどきりとした。

「ヴァネッサ。 お前は私の事をどう思っている?」

「! あの・・・」

「・・・その様子だと、まだなのだな」

そう言うと、ヒーニアスはため息をついた。

「あの、王子。 私は何かご不興を買うような事でも・・・?」

「ああ、そうだ」

「! 申し訳ありません、王子!」

「それだ」

「はい?」

「お前はいつも私の事を『王子』と呼ぶが、お前にとって私はそれだけの存在か?
お前にとって私は『一人の男』としては映らないのか?」

「と、おっしゃいますと?」

「ヴァネッサ。 私の事を『王子』ではなく『ヒーニアス』と呼んでみろ」

「!? そ、それは・・・」

「騎士としての礼を欠く、とでも言うのか?」

「はい・・・」

再び、ヒーニアスはため息をついた。

「所詮、お前にとっての私はまだ『フレリア王子』でしかないのか。
私は『一人の男』として、お前に尊敬されているわけではないのだな」

「え、その・・・」

「違う、と言うのならば呼べるはずだ。 私を『ヒーニアス』と」

「はい・・・ ヒーニアス、様・・・」

ヴァネッサが顔を真っ赤にしてそう言うと、ヒーニアスはおもむろに立ち上がった。
そのまま、ヴァネッサの側まで歩いていく。
そして、不思議そうな顔でこちらを見上げるヴァネッサの腕を引っ張って立ち上がらせると、その腕を自分のほうへ引き込んで抱きしめた。

「!!」

声にならない悲鳴を諫める様にヴァネッサの頭を抱き寄せ、ヒーニアスはそっと呟いた。

「やっと、私の名を呼んでくれた・・・」

「・・っ・・・!」

ヴァネッサが発した戸惑いの声も、口元が塞がれているせいでくぐもった声にしかならない。
その声を聞いたヒーニアスは、可笑しそうに薄く笑った。

「ヴァネッサ」

そう呼びかけて、ヒーニアスは彼女の頭部を押さえていた手をどけた。
ヴァネッサがほんのり赤らめた顔をヒーニアスの方に向けると、ヒーニアスは自分の唇をヴァネッサのそれに重ねた。

「!!」

重ねた唇を離すと、ヴァネッサの顔は先程とは比べ物にならないほど真っ赤になっていた。

「ふっ・・・ お前のそんな顔を見るのは初めてだ、ヴァネッサ」

「お、王子! からかわないで下さい!」

「・・・王子、だと?」

「あ、すいません、ヒーニアス様」

「ふっ、それでいい」























後日、ヒーニアスの機嫌は目に見えて良好だったという。
その様子を不思議に思ったモルダは、何故そんなに機嫌が良いのかと彼に尋ねた。

ヒーニアスが言うには、

「私が唯一不安に思っていた要素が、先日取り除かれた」

らしい。
それ以上の事を、彼は語らなかった。

だが、ヒーニアスとヴァネッサのお互いへの態度を見て、モルダはヒーニアスが上機嫌な理由を悟った。

「ふ・・・ 若いというのは良い事だな」

モルダは一人、そっと呟いた。















                         Fin


(管理人の戯言/笑)
叙留樹様から、相互記念にこんな素敵なヒーヴァネ小説を頂いてしまいました><
ヴァネッサに名前で呼んで欲しがってるヒーニアスがとても素敵でしたッ…!こんな風に
熱烈に攻められたらヴァネッサもたまったもんじゃないですよね(笑)
ウブっぽいヴァネッサも可愛くて萌えます(笑)
もう最初から最後まで楽しませて頂きました!こんな素敵な小説を有難うございましたvv



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