「ねぇ、閃光、ちょっといい?」
「シャルル。何か用か?」
それはいつものようにカラリと晴れた、ホルルト村の昼下がりのこと。
今日もまた平凡に過ぎていく筈だった、いや、そんな平凡なスケジュールを考えていた閃光の日常に、まるで青天の霹靂のごとく、『それ』は起きた。
シャルルが何の遠慮もなく閃光に近づき、また閃光も何の警戒もせず、ただシャルルが何をするのか?と疑問に思いながら見下ろしている。
と、ふとシャルルがぐわしっ!!と、突如閃光の着物の両方の襟に掴みかかり、思いっきり横にずらし、着物をはだけさせた。
「なっ?!しゃ、シャルルッ?!!」
こんな公衆の面前でまさかこんな事をされるとは夢にも思っていなかった閃光は、当然の如く眼を見開き、真っ赤になって慌てだす。
閃光の声が驚き故、あまりにデカかったため、なんだなんだと不覚にもギャラリーがどんどんと集まってしまう。こんな大勢の前では、どう考えても『少女に胸元をはだけさせられている侍』の図が展開されているようにしか見えない。ルーウェンのように最初から上半身裸の奴もいたりするが、閃光にとっては恥でしかない。
露になった閃光の、意外と筋肉のついた胸板をシャルルはじろじろと見回し…やがて、溜息をついて、がっくりと項垂れた。
「シャルル…?ど、どうしたん」
「……『あれ』がない…」
「は?」
全くなんの事だか分からず、閃光が慌てて聞き返すと、シャルルはまるで雄叫びのように叫んだ。
「閃光『サラシ』つけてな――――い!!!!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁあ?!!!!」
絶叫が響いてから、約数秒後。先刻の絶叫が反響するのを追う様に、ガゴン、と鈍い拳骨の音が木霊した。





前の灯火





あれから、なんとかギャラリーを撒き、逃走した閃光とシャルルの姿は、師匠であるアデルの家の一部屋にあった。そこには、我らが集団の忍である、女忍者・イライザと、男忍者・ヴァジーヌの姿もあった。
「………なるほど。で、事情は分かったが、とりあえず大丈夫でござるか?お二方」
「心配は無用だ」
「あいったたたた…………」
「…………にん……」
まだ顔を赤くしながら、着物の胸の部分をしっかりと握る閃光と、頭からぷしゅううと湯気を立たせながら、痛そうに頭を抱えるシャルル。それをいかにも呆れながら、しかし優しさ故ツッコミはせずにいるヴァジー。イライザはそれらを全てまとめて無視すると、一息ついてから本題へと移る。
「で、なんでまた、シャルル殿はあんな行動を…?」
イライザがそう問うた。この疑問に辿り着くまで、ちょっとした回想がある。
今回の発端は、全て、シャルルの興味の矛先である『晒し』。正確には晒し布という。主に東方に住む者たちが装着する、麻布または綿布のことである。
実はシャルル、この間ひょんな事から(?)仲間に入ったラハールの話を聞き、『晒し』とは一体なんなのか気になって、傍から見れば閃光を襲っている……ような行動を取ったらしい。
「だってラハールさん、東方の奴らが、特に侍がつけてるって言ってたんだもん」
「アイツが言ってるのは女侍のことだろうが!!俺みたいな男侍はつけてねえよ!!」
閃光が必死に苦情を叫ぶ。シャルルのとんだ好奇心で、あんな恥をかいてしまった事をどうやらかなり気にしているらしい。
「まあ、落ち着け、閃光。……それから…口調を訂正しろ」
「はっ…、す、すまんでござる」
イライザに言われ、慌てて閃光は口調を変える。侍や忍者にはござる口調をする者が多い。決して全員という訳ではないが、侍として誓いを立てた身、郷に入っては郷に従え。まだ侍になって日が浅い故、閃光は未だござる口調に慣れていない。なので、同じ東方出身のイライザによくこうして咎められているのだ。
「うぇぁー。閃光、わざとらしー」
「う、五月蝿えっ!………で、でござる」
慣れていないのが明らかにバレバレだ。イライザとヴァジーは互いを見合い、まだまだだな、にん、と短い言葉を交わし合いながら頷いた。
「……ところで。シャルル殿、もしも晒しに興味があるのであれば、拙者がシャルル殿に試着させてやることも出来るが…どうでござるか?」
「ええっ?!ほ、本当?!」
予想外のイライザの提案に、ぱあっ、とシャルルが花のような笑顔を見せた。
「シャルル殿がよければ、でござるが」
「も、勿論!うわぁー、嬉しいよー!有難うイライザぁっ」
と、シャルルは嬉しさのあまりイライザにばふっと抱きついた。
それを尻目に、後ろで佇む閃光とヴァジー。ぴくぴく、と閃光の口元がひくついている。
「………」
「……にん。おなごに嫉妬するとは、まだまだでござるな……」
「ぎぐり……」
閃光は図星を差され、なんだか申し訳無さそうにそっぽを向いた。




「用意したでござるよ。此方じゃ」
あれから数刻して、イライザが手に持ってやってきたのは…まぎれもなく、シャルルのお目当てのモノ・晒し布。
イライザ・ヴァジーは勿論、閃光も東方出身故、晒しは見たこともあるし知っている。が、閃光は僅かながらに疑問を抱いた。
「こんなに短いものだったか?晒し布って」
「うむ。本物はもう少し長いのだが、これはシャルル殿用にと、SSサイズを頼んだのでな」
「にんにん」
ヴァジーもイライザに合わせる様に頷いた。
「た、頼んだって…」
「ローゼンクイーン商会通販で一発じゃ」
「つ、通販…」
閃光は思わず、ひくりと口元を強張らせた。というか晒し布が通販で手に入る事に内心驚いた。
「では、早速装着致すので、シャルル殿、上半身の服を脱いではくれぬか?」
「あ、はーい!えへへ、楽しみー」
シャルルが嬉しそうに微笑みながら、スッ、と上着を脱ぐ。上がタンクトップだけになり、いつも見えない白い肩、腕が露になった。目の前の光景に、思わず閃光の心臓がどきりと高鳴る。
が、そこでイライザから感じる異様な視線に気が付いて振り向いてみると――――…案の定、イライザは恐ろしい目つきで閃光を睨んでいた。


「さっさと出て行かぬか馬鹿者!!!!」


どがしゃーん!!!!


物凄い音を立てて、部屋の外の廊下へと閃光は追い出された。いてて、と閃光がぶつけた箇所を摩りながら目を開けると、何故かそこには、既に廊下に出ていたヴァジーの姿が。
「…ヴァジー、いつから廊下に出てた…?」
「にん。イライザがシャルル殿に脱衣を促した所からだ。」
「行動早ッ……」
「話の流れをきちんと聞いていれば何事も即行動が出来る。にんにん」
「…………さいですか…」
じゃあ今のは俺が悪いのか、と色々後悔の念に駆られながら、閃光はゆっくりと起き上がった。




「出来たぞ。もう入っても構わんでござる」
閃光が追い出されてから約数十分後。漸くイライザの許しを受け、閃光とヴァジーは部屋へと戻った。
と、そこには、「上出来でござる」と自慢げに微笑むイライザと、何処から持って来たのか、大きめの毛布をかぶって身を隠すシャルルがいた。
「シャルル殿。恥ずかしがらずともいいでござるよ。さぁ、是非お披露目を」
「う、うん………。」
もじもじ、と暫くシャルルは躊躇っていたが、漸く意を決すと、毛布を掴む手を離す。ぱらりと毛布が足元に落ち、その代わりにしっかりと胸元に晒し布を巻いた…もとい、上半身晒し布しか身に付けていない、シャルルの姿が露になった。
「………!」
思わず、閃光の頬が蒸気する。頭に血が昇り、ふらつきそうになるのを必死で堪えた。
「にんにん。イライザは上手でござるな」
「ふふ、これでも東方ではよく知り合いの着付けをしてやっていたでござるよ」
仲良さそうに会話する二人を尻目に、閃光はシャルルから目が放せないでいる。視線は明らかに晒しが巻かれた胸元に釘付けで、閃光自身、なんとか目を逸らそうと頭では理解していても、体がいう事を効かないのだ。
薄く、まだ未発達で、決して実っているとは言えないが、晒し布でしっかりと巻かれている故、妙に形がリアルな胸…。しかも晒し布で何重にも巻かれているそれは、失礼だが決して普段は存在しない、浅い谷間を作っていて、それがまたなんとも艶っぽい。
初めて装着した晒し布の着心地に慣れないのか、はたまた恥ずかしいのか。もじもじと落ち着かなさそうにしているシャルルが、ようやっと閃光に焦点を合わせ、しどろもどろに呼びかけた。
「せ、せ、閃光!」
「ッ!な、なんだ?!」
見入っていた所をいきなり呼びかけられて、閃光は咄嗟に焦る。声が上ずってしまった。
シャルルは暫くもじもじと、膝と膝、手と手を擦り合わせて、やや俯きながら、上目で閃光を見つめる。
「そ、そんなに、見ないで………恥ずかしいよぉ」
どくん。
閃光は自身の心臓が思いっきり跳ねたのが、苦しい程に分かった。
「……ッ、み、見てねえよ」
「み、見てるじゃん。さ、さっきから鼻の下伸ばしてっ」
「だ、誰がンな事ッ!!」
お互い照れ臭そうに、それ故いちゃもんをつけることでしか喋れず、なんとももどかしげな会話をしている。
そんな二人を、なんだか微笑ましいな、と思って見ていたイライザとヴァジーは、すたすたと足早に部屋のドアへと向かい、そっと開けた。
「用が済んだので拙者達は去るでござるよ。それでは、ご両人、ごゆるりと」
「にん」
「ッ?!ちょ、ちょっと待ッ…!!」
この状態で二人きりにされたら困る、と慌てて閃光が二人を追いかけるが、辿り着く前に二人は立ち去り、ドアはガチャンと閉められてしまった。
この狭い部屋の中、男と女が二人きり。しかも片方は、上半身晒し布しか身に付けていないというダブルパンチ。やばい、やばい、このままでは理性が絶対もたない―――と一人焦る閃光が、恐る恐る再びシャルルの方を振り向くと―――…
先程まで威勢良くしていたシャルルが、何故か両手で胸を覆い、苦しそうにうずくまっていた。
「ど、どうした、シャルル?!」
慌てて閃光が屈み、シャルルの肩を掴んで様子を窺う。
シャルルが閃光の気配に気付き、ゆっくりと顔を上げると―――その目頭には、今にも溢れそうな、涙。
「……?!」
「閃光、苦しいよぉ、これ、すっごくきつい〜〜〜」
「はあ…………?!」
つまりは、晒し布がきつくて苦しい、とのこと。イライザが特別きつく巻いた…という訳ではないが、慣れない強制着を装着したうえ、何重にも巻かれた晒し布の締め付けに耐え切れなかったのだろう。
息は出来る様だが、普段ない強烈な圧迫感に、かなり参っているようだ。
「しょうがないだろ、それが晒し布ってもんだ」
「こ、こんな苦しいなんて思わなかったんだもん!」
いかにもシャルルの自業自得なので、閃光はフォローのしようがなく、ただ呆れている。
そんな呆れ返った閃光を見据え、我慢ならなくなったシャルルは、何を思ったのか、いきなり閃光の手をぐわしと掴み、自らの胸元へと導いた。
「?! な、何してるんだお前!!」
「外して閃光、これ、外してよぉ」
「〜〜〜〜ッ?!!あ、アホか!!男に向かってそんなもん頼むんじゃねえ!!」
閃光が真っ赤になって声を荒げる。当たり前だ。閃光とて、れっきとした男。堅実な侍として生きてはいるが、こんな大胆なお願いをされれば、流石に理性も煽られる。
「だってあたし、これの外し方知らないもん。閃光なら知ってるでしょ?」
「た、確かに、知らない事もない…が…俺はよくは分からな」
「じゃあ早く外して!もお、苦しくて死んじゃいそうなんだよぉ〜!」
閃光の「よくは分からない」という欠点すらスルーし、シャルルは閃光に懇願した。
明らかに死にはしないだろうが、シャルルにとっては、この晒し布の締め付けがかなりの苦痛らしい。もう既に錯乱気味で、形振り構わず、ひたすらに閃光に「外して」と強請る。
しかし閃光とて、シャルルの必死のお願いであっても、まさか女の着衣物を、しかもこれ以外何も身に付けていない状態で脱がすなんて、到底出来ないわけで…。
ぐるぐると混乱する頭で必死に考え、閃光はやっとまともな答えに辿り着いた。
「ちょ、ちょっと待ってろ!イライザを呼んで来てやるから!」
そう、同じ女であり、これの取り外し方もよく知っているイライザならば、この危機を回避することなど造作もない。
先程ヴァジーと共に出て行ってしまったが、それはほんの数刻のこと。今追いかければ、すぐに見つかるかもしれない。
慌てて廊下に出ようと背を向けた閃光に―――何を思ったのか、シャルルは咄嗟に閃光の腕に掴みかかった。
「や、やだっ!閃光行かないでぇっ!!」
ぐいっ!と思い切り引っ張られて、ガクン、と閃光は体制を崩した。
「っな…うわっ?!」
後ろへと引っ張られる力に負けて、閃光の体は後ろ側にぐらりと向く。このままではシャルルを押し潰してしまうかもしれない、と嫌な想像が浮かび、必死で堪える。半ば強引に体制を整え、なんとか倒れこむのは防いだが―――


ぷに。


「――――ッッ!」
シャルルに引っ張られた方の手が、勢い余って。
晒し布の上の、谷間が浮かぶ―――僅かな膨らみに、指が触れた。
柔らかな感触と、やんわりと滲む人肌の温度。晒し布に圧迫されているせいもあってか、いつもよりシャルルの体は温かかった。
その、妙にリアルな感覚に。
ぶちん、と。
閃光の中で、何かが切れた。
「…―――ひゃぁっ?!」
何故かいきなり閃光は外に出るのを止め、そのかわりに、シャルルの体を近くにあった机の上に押し倒す。
「せ、閃光、どうしたの?!」
なんだか様子がおかしくなった閃光に、慌ててシャルルが問うと、閃光は数トーン落とした低い声色になり、そしていやに冷静っぽく見えた。
「…これ、外して欲しいんだったよな……?」
「え、あ、うん」
閃光はシャルルの背中に手を回し、晒し布の結び部分を爪の先で掻きながらそう言う。改めてなんでそんな事を聞くのだろう?と疑問に思っていたが、苦しいのはどうにも変えられない。素直にシャルルはそう言うと、いきなり閃光の口元がニヤリと微笑んだ。
「いいだろう、外してやるよ。ただし――――その後の保障は一切しないけどな」
「ッッ?!!」
今、色々怪しい意味を含んだ、とても恐ろしい言葉を耳にしたような気が……。
シャルルは自分の額に、冷や汗が流れるのを感じた。やばいやばいやばい。なんだか物凄くやばい。兎に角逃げた方がいい―――と直感的に思い、シャルルは起き上がろうとするが、それは強い閃光の掌によって封じられた。
「せ、せ、閃光……止め」
「最初にお願いして来たのはそっちだからな。今更止めろと言われても止めない」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って――――!!あ、謝るから!!もうわがまま言わないから―――!!」
「往生際が悪いぞ、シャルル。…覚悟しろ!」
「ぎゃにゃ―――――――――!!!!!」




「……なんだか向こうの部屋が騒がしいな。イライザ、ヴァジー、知ってるか?」
アデルの問いに、イライザとヴァジーは一度互いを見合い、溜息混じりに呟いた。
「………一度始まってしまった人の恋路は…邪魔することが出来ぬ…。」
「にん………。」
「?」
アデルの疑問符は、妙にご機嫌になった閃光と、ぐったりしたシャルルが部屋から出てきても尚、消える事がなかったという。










あとがき。
以上、閃光とシャルルのサラシ物語でした。(何)
ディス1で侍がつけてる晒し布、2では男侍になっているから多分つけてないんですよね。この間シャルルに1侍コスさせた落書きを描いてみて、そんで思いついたネタです。新メイキングキャラの忍者二人(かなり出張ってますね…)も書けて御満悦でした。ヴァジーの「にん」を打つのがとても楽しかったです(笑)
最後が色々アヤシイ展開になってしまいましたが、まあその後はご想像にお任せ致します。(爆)
それでは、ここまで読んで下さって、有難うございました!楽しんで頂ければ幸いです。



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