離したくない離せない



この時までは、まさか自分がこんな気持ちになるだなんて、考えもしてなかったのに…。





離したくない離せない





……なんなんだろう、この強烈な不快感は。
一人ぼんやりとそんな事を考えながら、アスレイは一人寂しく息をついた。今は休息中である為、皆それぞれやりたい事を自由にやっている。エフラム率いるこの軍は常識を守り、問題を起こさなければ一切束縛の無い良い軍だ。
決して、それに不快感を持っている訳でもなく。
この頃、ずっとこんな感情に見舞われている。…異様に落ち着かなくて、イライラしてて。それでいて心がもやもやしている、そんなとても表し難い――けれども、とっても不快な感じだ。
そのせいか戦闘にも身が入らず――この間、ヴェルニの塔に光魔法要員として連れて行かれた時にも、危うく敵の魔物の攻撃を喰らいそうになり、注意を受けてしまったほどだ。
こんなにまで感情が掻き乱された原因を自分は知らない――いや、前言撤回。
本当は知っているのだ。
その原因の全ては、目の前の惨状。
ちらりと視線を横にずらす。そこで視界に入ってきたのは、ある意味とても呆れる様子。理魔法の使い手・ルーテと、最近加入した闇魔道士・ノールが争っている…いや、ノールがルーテに襲われている惨状。
所構わずファイアーを打ちかまし、ノールさんを異様に狙うのは一体何故なのだろう、と思いながらアスレイはその様子を見ていた。そして、それを見ているだけなのに、異様に胸の奥がざわざわしてくる。
これ以上見てられない、と思い、重い足を半ば強引に引き摺り、この場を後にした。






「……なんなんでしょう、この気持ちは…」
頭をかかえながら、今晩の宿舎の一室の中で、アスレイは一人溜息をついた。
ルーテがノールを追い回す様子を見ているだけで、胸がざわついて自分でも抑えられない位に心の中から嫌な感情が巡り出てくる。
ああ、本当に嫌だ、と呟くと思わず顔を机に思い切り突っ伏した。
…自らの呟きが風に消えて急に静かになった時、また耳に聞こえてくるのは、あの騒がしい二人の声。
「えい、とう」
「ルーテさん、いい加減お止め下さい…」
聞きたくも無いのに聞こえて来るその声。その瞬間、また胸がざわついてきて、思わず耳を塞いで身を強張らせた。
今までに感じた事も無いこの感情は一体なんなんだろう…と、心の中でそう呟いた。
暫くすると、騒がしい声は止んでいた。そっと窓から外を見渡してみる。…無論、そこには既に二人の姿も、周りの人達の姿も忽然と居なくなっていた。
急に寂しくなって、この厄介な心を押さえつける為に愛読書である聖書を取り、椅子に腰掛けた。
少し乱暴にページを開き、その後精神を集中させて聖書に書かれてある小さな文字を読み取る。子供の頃からずっと大切に持っていた本は日に焼けて白い紙が薄く色褪せており、乾燥しているのかぺラ、と乾いた音を出した。
徐所に荒れ狂っていた精神が落ち着きが戻って来る。目を閉じれば、その先に書いてある事が脳裏から引き出され心地よいテンポを持って口から呟きとして出てきた。
やっと安堵の溜息を漏らした、その時――――。



「アスレイ、居ますか」



ガタンッ!!
突然の来訪に、アスレイは思わず座っていた椅子から体を落としてしまった。
その様子をものともせず、突然の来訪者――ルーテは、ずんずんと歩き此方に辿り着くと、此方の方を無言で見つめ出した。
「ルーテさん…ノックくらいして下さいよ…」
「すみません。溢れ出す感情が抑えられずに、思わず体が目的を優先して動いてしまいました。」
相変わらずの淡々とした口調に、アスレイは体を起こすとはぁ…、と息をつく。しかしすぐに目の前のルーテを見据えると、尋ねだした。
「それで、ルーテさんの御用はなんでしょうか?」
「そうでした。今日、ついに私はライバルに打ち勝ちました。」
「…え?」
いきなり何を言い出すのかと思えばライバルだと?…この軍に理魔法の使い手はいただろうか…しかしユアンさんではないし、私でもないし…と、アスレイは混乱と入り混じる思考をぐるぐると回転させていた。
しかし、彼女曰く「ライバル」と言うのにいきついた人物が、アスレイの脳裏に現れる。もしや、と思いとっさに彼女の尋ねてみる。
「すみませんが、もしかして…そのライバルと言うのは…ノールさんではありませんか?」
「はい、そうです。よく分かりましたね。」
あれだけ騒がしく追い回していたら分かるのは当然だろう、と思いつつアスレイは頭をかかえる。…しかし――まさか、この変な感情の原因である話題をよもや彼女から聞いてしまうとは。またあの不快感が復活してきて、アスレイは思わず片手で自らの胸をぎゅっと握り締めた。
しかしルーテはそれに気付かない様で、また嬉しそうに淡々と喋りだす。
「前々から、私の扱う理魔法の天敵として排除すべく尾行していたのですが…今回、少々強引ながら相手の負けを確認できました。まだ疑いの確立はあるためまだまだ尾行しなければならないでしょうが、これもまた私の優秀さの印をひとつつけたも同然です。そして今後の課題は…」
…その途端、ぶち。と、アスレイの脳裏で何かが切れた。



「…もう、止めて下さい!!」



ハッ、と自らの発言に気付いて口を押さえるが、時既遅し。目の前には、その大きな瞳を更に見開いて仰天しているルーテの姿。
自分の発言の愚かさに後悔しながら、思わずこの場を離れるべく猛ダッシュで部屋から飛び出した。
「あ、アスレイ…?!」
後ろで密かに聞こえた声すらも無視して、アスレイは宿舎を出て行った。






「…もう…自分が嫌です…」
空が橙と黒に染まり、既に日は西に沈みかけている。自らを隠す様に、アスレイは付近にある森の中に入っていった。
どうしてあんな事を言ってしまったのだろう。
これではまるで、八つ当たりだ。
「…あの。」
「?!」
いきなり声をかけられて、吃驚して声がした方に振り向く。そこに居たのは、まぎれもなくルーテに追い掛け回されている当人、ノールだった。よりにもよってなんで今日は逢いたくない人ばかりに逢うのだろう、と思い頭が混乱してくる。
それに気配なんて全然しなかったのに、まるで闇に溶けていたのが湧いて出たような出現の仕方にも正直心臓が飛び出そうな程吃驚して、未だに心臓がバクバクいってて冷や汗が止まらない。
そんなアスレイの様子を察してか、ノールは少し間を置くと冷静な口調で喋りだした。
「驚かせてすみません。…ただ、貴方の様子が気になったもので」
「…わ、私は何も…」
まさか、この嫌な感じの元凶の人に心配して貰うなんて、と思い頭の混乱が更に増す。
もはやどうして良いかよく分からなくて、思わず近くの木によれよれと縋ってしまったほどだ。
しかし、ノールはその様子をものともせず話を続ける。
「……あなたが、どうも誤解しているように見えました。」
「…私が、誤解ですと?そ、それはどういう…」
焦るアスレイを見ながら黙ったまま、ノールは一度瞳をゆっくりと閉じてから、もう一度アスレイを見据えて言った。



「…貴方は、ルーテさんの事が好きなのですね」



「?!」
心の内を一気に読まれて、思わず顔が赤面する。その様子にもノールは動じず続けた。
「だから私にルーテさんが構うのに、嫉妬していたのでしょう。別に嫉妬する必要もなかったのですが…それだけ、貴方は彼女が好きなのですね」
「え?!え?!えええっ?!」
頭に渦巻きが蠢くように、クラクラとした感覚が這い回って止まない。顔も熱いし頭は痛いしで、思わずよろりとなってのを、ノールは相変わらずの淡々とした表情のまま、「おっと…」と呟きながらアスレイを支えた。
「な、何故貴方は…そんなことが、わかっ…」
相変わらず混乱する頭で聞いて見る。すると、ノールはフッ、と微笑むと、その表情のまま柔らかく呟いた。
「あなたの瞳は素直でしたから…暗いもののない、穢れのないものでしたから…」
「…はい?」
「…いえ。なんでもありません。…それよりも早く彼女の元に行ってあげたらどうですか?…間違いを犯してしまったのでしょう。」
「あ、はい!では…失礼します」
ぺこ、と軽く一礼して、ノールに背を向けて走り出した。
しかし一体彼は何処まで見抜いているのだろう、ルーテさんに酷い事を言ってしまった事まで、大体見抜いていたようだ。そんな事を考えながら、先程まで居た宿舎に向かってアスレイは走っていく。
はたまた、「なんでもありません」と答えた時の彼の表情が、なんだか凄く寂しそうな…酷く葛藤を抱えたような表情をしていたことが気になったが…。
一度軽くノールの居た方向に振り向くと、既に彼の姿がなかったので気にしない事にした。






宿舎に着いて、最初に彼女の部屋を訪問してみる。すーはーと静かに深呼吸してから、ぐっと唇を噛み締めて、強くコンコンとドアをノックする。
…が、いつまでたっても反応などなかった。
「あれ…寝てる、のかな…?」
しかし今はまだ就寝の時間ではない。あの「自分は優秀」と自負する彼女が生活の基本、「睡眠に最も適切なのは夜」を怠るとは思わない。鍵もきちんとかかっているし、恐らくどこかに出かけているのだろう。
しょうがない、出直しますか…。と思い自らの部屋に戻って、ドアをキィー…とゆっくり開けた。
「おかえりなさいアスレイ」
「うわぁ!!」
なんと、お目当ての彼女が自らの部屋に居た。しかも何事もなかったかのように椅子にゆったりと座っている。その様子に思わず腰から力が抜けて、へたり、とその場の床に倒れこんだ。丁度その時にドアが閉まって、背中にガン!と当たってくぐもった声を出してしまった。
さすさす、と痛みが走る背中をさする。その痛みがなんとか和らいできた頃、ふと目の前を見ると、そこにはさっきまで椅子に座っていた筈のルーテが自らと同じ様に床に座り込んでいた。
…つまり、彼女の顔が至近距離にある事になる。
「る、るるる、るーてさ…」
ああ、自らは謝りに来た筈なのに、目の前の光景に緊張してしまって上手く口が動かない。顔が熱く、紅潮してくるのがわかる。
「恐らくアスレイは此処に戻って来ると推測し、ずっと待っていました。そしてその推測は当たりました。やはり私は優秀です。」
ぱちくり、と思わず目を大きく開く。何を言い出すかと思えば、それはいかにも彼女らしい言葉。まるで先程の事など欠片も気にしていなさそうなマイペースっぷりにはいつもいつも驚かされるばかり。
「ははっ…、あはははっ」
「? 何故笑うのですか。」
きょとんとした表情をするルーテ。よっと、と一度体制を立て直したところで、彼女の方をしっかりと見つめると、微笑みながら言う。
「あなたがあなたらしいからです。」
「?? …ますます、理解出来ません。いつもあなたの言葉を私は読み取る事が出来ません」
その淡々とした言葉遣いと表情に疑問を浮かばせる感じがなんとも可愛くて、思わずアスレイはその彼女の細い体を抱きしめた。
「!!…あ、アスレイ、何をっ」
「さっきは怒鳴ったりしてすみません。どうも…嫉妬していました」
最初はルーテは抵抗していたが、優しいアスレイの声が耳元にかかると、諦めたかのように手をだらんと下に項垂らせた。
「謝る必要はありません。恐らく私も何処かアスレイの気に触るような事を発言したと…おっ、思われます」
途中で言葉がつっかえるのは、いつもの冷静さを必死で装おうとしているのだろうけど、緊張でやはり口がまわらない事を切実に示していた。それに思わずアスレイはふふ、と笑いを漏らす。
「笑いましたね…」
「ふふ、すみません」
ふと、アスレイの表情が真面目な顔つきになったのを感じて、ルーテは思わず彼の表情を窺う。
「…ルーテさん。何処にも、行かないで下さいね…」
「? 私はここにいます。」
「そうじゃ、なくて…」
こう云う事にはまるで疎い彼女に気付かせる為のように、彼女の手をそっととると、優しく手の甲に口付けた。
その瞬間ルーテの顔が一気に真っ赤になって、触れている手からビクンと強張る感じが伝わってくる。
「…貴女を誰にも触れられたくないんです。この手を離したくないんです。……貴女をずっと私に繋ぎとめておきたいんです…。」
そこまで呟くと、そっと手の甲から唇を離し、彼女としっかり視線を合わす。
「…前にも言ったように。あなたを愛し、愛されたいと思っているから………」
すっ、と彼女に近づく。ルーテはその意図を理解したのか―――ぐっ、と目を瞑って体を一層強張らせた。
……しかし、アスレイの唇が辿り着いたのは、彼女のおでこに一瞬だけ。
「…え?」
今起こったことを思考回路の中で整理が出来ていないらしく、いかにもきょとんとした表情をしている。勿論その顔は未だ火照ったまま。
「………返事は?」
突如降って来たのは先程の火照る位恥ずかしい言葉への返事。いきなりの請求に、ルーテは思わず小さく呻きながら視線をずらした。が、抱きついたままでは何も出来ないので――――暫く悩んだ末、自分から勢いよく、彼に抱きついた。
「っと…」
それがOKの返事だと上手く伝わったのか、彼の胸板に顔を埋めたままの状態で、彼の手が優しく頭を撫でるのと、ふふ、という微笑みの声が聞こえてきた。
彼も身を屈め、彼女の耳元にまで顔を持ってくると、ふとルーテは恥ずかしそうに強く顔を埋めたまま、ひとつ、静かに呟いた。
……私も、アスレイの事、愛しているのだと…思います。



その言葉に満足気に微笑んだアスレイの顔がなんとも眩しくて――直視出来ないまま、ルーテは暫く赤面したままだった。










あとがき。
アスルテで「アスレイの嫉妬」でした。ノールさんは友情出演(笑
今回のロードでアスレイ×ルーテA ルーテ×ノールBと言う支援構成になったので考え付いたこのネタ。絶対ルーテよりもアスレイのが嫉妬しやすいと思います。ルーテとかアスレイが嫉妬しそうな事をしまくってるんですもの(笑
因みに最後の透明な台詞は反転すると見れます。こう言うの前々からやってみたくて…。笑
…それでは、ここまで見て頂いてどうも有難うございました!感想など、随時お待ちしておりますv



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