ばさっ、ばさっ……と、魔界の夜の空に―――明らかに不相応な、美しく大きい白いものが、ぽつんと一つ浮かんでいる。
魔界特有の、赤い月に照らされるそれは、これでもかと煌いて…。
なんだか、より一層映えているように見えた。
それは真っ直ぐにこの先にある、魔王城に向かって飛んでいた。まるでそこに目的のものがあるように―――ひたすらに、そこだけを目指して。

(もうすぐ、逢えますね、フロン)

一瞬だけ、そのものは微笑んで―――
ばさりと白い羽をはばたかせ、魔王城の一角に向かって飛んでいった―――





に舞い散る白銀の羽





「わあ。今日もお月様が綺麗ですねぇ」
両手を窓に貼り付けて、堕天使フロンはほう、と窓の外の赤い月を見上げた。
此方は魔王城。フロンに与えられた部屋の一室……
フロンが堕天使として転生し、魔界に正式に移り住むようになってから、もはや数ヶ月が経とうとしている。既に此方の環境にも慣れ、ずっと暗いこの世界でも、特に問題なく過ごせるようになった。
(でも、なんででしょう。今日は何故か眠れないのです)
まるで何かがわたしを呼んでいるような気がして………。そう思いながら、フロンはぼんやりと赤い月を見据えた。
虚ろになってきた瞳が見ているのは、あの赤い月のもっともっと遠くにある、天界にいたころの記憶―――。
(大天使さまは、元気でいらっしゃるかしら)
フロンが名を呼ぶ者―――大天使ラミントンは、フロンをこの魔界に送り込み、更には堕天使として転生させた張本人。魔界が気に入ったフロンの願いを叶えるために、こんな素敵な罰を与えてくれたのだけれど…、それは同時に、フロンが二度と天界に戻れなくなるという事でもあった。
堕天した者は、二度と天界には戻れない。
背中に生えた悪魔の羽根や、ぴょいっと伸びる悪魔の尻尾は、堕天した証。
自ら魔界に堕ちた大天使ジャンヌのように、未だ天使の羽根を持った者もいるが、フロンの体は転生した時点で変わってしまっている。
魔界に住めるようになって、嬉しかったのは事実。
ラハールやエトナや、家臣の皆と障害なく一緒にいれる事に安心したのもの事実。
だけど―――天界に戻れなくなった事に、心残りがないと言えば、それは嘘になると、フロンは想う。
(ラハールさんに頼めば、もしかしたら連れて行ってくれるかもしれないけど…)
そんなことをすれば、大天使様にご迷惑をかけてしまう。
ただでさえ、最初ラハール達と共に天界に行った時は大騒動だったのだ。幾ら今は友好を結んだとはいえ、勝手に押しかけて良い筈がない。
そう考え、フロンは、はーっと溜息をついた。だいたいあの俺サマ魔王が、自分のこんな願いを聞くはずは到底ありえない、と思って、より一層がっくりと肩が落ちた。
(やっぱり、無理ですよねぇ)
あれこれ考えるのを諦めて、フロンはなんとかして眠ろうと、床につこうとした。
と、その時。



コン、コン…



「?」
窓の方から、鈍いノック音が聞こえた気がした。
慌ててがばりと起き上がり、窓の前に立つと、勢い良くバンッと開ける。外の風がびゅうっと入り込んできて、フロンは一瞬身を屈めた。
「…なにも、ないですよね」
風が治まってから、辺りを軽く見渡して、何もない事を確認する。なんだ、自分の気のせいだ。きっと今のは風の悪戯だったのだ。とそう結論付けて、窓を閉めようとすると……



「久し振りだね。フロン」



「?!」
上から聞こえた声に気付き―――慌てて見上げてみると、
「大天使…さま…?」
何故かそこにいたのは、大天使―――ラミントン。天界を統べている、そしてフロンを魔界に住まわせるようにした張本人。
止む事を知らぬ冷たい風に煽られて、ラミントンの長い髪が空に舞う。一瞬だけ、それが瞳に入って離れなくなった。が―――すぐに我に返ると、フロンは慌ててラミントンに問う。
「どどどど、どうして大天使さまがここに?!」
「まあ、それは後でゆっくり話すよ。それよりも、入ってもいいかな?フロン」
「あ、はい、どうぞどうぞ」
ラミントンのペースに乗せられて、思わずフロンはラミントンを部屋に招き入れてしまった。
ラミントンが部屋に入ったことを確認し、窓を閉めると、風が止んでシンとなった暗い部屋の中に、大きな白い羽を持ち、天使の証と言わんばかりに、体を僅かに神々しく光らせているラミントンの姿が、なんだかとても綺麗に浮かび上がっている気がした。
「………」
「フロン?久し振りに逢えたというのに、なんだか元気がないね」
「い、いえっ!!全然そんなことないです!!フロンはこんなに元気にやってますよ!!」
まさか大天使さまに見惚れていました、だなんて言える訳がなくて、咄嗟にフロンは上ずった声でそう言った。
ふふ、とラミントンはそんなフロンの姿を微笑ましそうに見ている。フロンはなんだかその微笑が眩しすぎて、慌てて何か話題を考えた。
「えっと…それで、なんで大天使さまがこんなところにいるのですか…?」
フロンの疑問は、的を得ていた。
なぜ天界の住人である、しかも大天使のラミントンが、この魔界に来ているのか。疑問符が消えないフロンを見やりながら、ラミントンはゆっくりと答えた。
「フロンがどうしているか気になったんだ。ただ、それだけだよ」
あっけからんとそう答えたラミントンの言葉に――フロンの心が、一気にかき乱されたような気がした。
「だ、大天使さまがわざわざ魔界に来たのって…も、もしかして、わ、わたしのため…ですか?!」
「そう言う事になるかな」
「い、いけません!大天使さまがこんな下っ端の、しかも、既に堕ちてしまった天使のためにだなんて…!!」
恐れ多さでいっぱいになり、自分でも何を喋っているのか訳の分わらない、はちゃめちゃな感じになりながら喚くフロン。
ラミントンは、相変わらずだね、フロン、と呟き―――ばさり、と一つ翼を羽ばたかせ、フロンに近寄った。
ハッ、と気付けば、見上げたすぐのところに、ラミントンが佇んでいて…いつの間にかこんなにも距離が狭められていたのだと、今更ながらにフロンが気付く。
フロンが驚きで硬直しているのをいいことに、ラミントンはフロンの頭を、ぽん、と優しく叩き、ゆるやかに撫でた。
「駄目…なのかな。私がただ、フロンに逢いたいが故に、ここまで来るのは」
「………」
フロンは何も言い返せずに、ただ黙った。
「フロンは私に逢いたくなかったのかい?」
「そ、そんなことないです!」
淡々とそう問うたラミントンの言葉に、硬直していたフロンは、くわっ、と眼を見開いて、即座に否定した。
「わたしも大天使さまに逢えて、とても…嬉しいです」
「そうか…。それなら、いいんじゃないのかな。私がここに来ても、神はきっと天罰は下すまい」
お互いがそれでいいならいいのだ。と、あっけからんにラミントンは言い、なんだか腑に落ちないようで落ちているような…そんな理由でラミントンは早々に片付けた。
「むむ……。なんだかわたし、あんまり納得が…」
「フロンは頑固だね。堕天使になっても、本当に変わらないな」
「……わ、わたし…変わってない、ですか?」
「うん」
「それって、いいこと…なんでしょうか?」
「そうだね。私にとっては、例え堕天しても、君が君であることに嬉しさを感じているくらいだ」
「…え、えへへ…有難うございます、大天使さま」
正直―――堕天使となってしまった事で、フロンがラミントンから遠くなってしまったのでは、と思っていたのは事実だ。
その漠然とした不安を、いとも簡単に振り払ってくれるようなラミントンの優しい言葉に、なんだかフロンは嬉しくなって、ふにゃあとはにかんだ。
彼の言うように、自分が天界にいたあの頃と変わっていないのなら。
自分が尊敬し続けていた大天使も変わっていない。そう思い、フロンは一層柔らかく笑みを零す。
そんなフロンを見下ろして、ラミントンはフロンに聞こえない程度の小さな声で、一人ぼそりと呟く。
「変わらない。君は変わらないよ。………そう、私がずっと大切にしていた君は、今も同じ……」
と…、ラミントンは切なそうに目を細めると、フロンの頭を撫でていた手を離した。そして何故か背を向けて、窓の方を一心に見詰め始めた。
「大天使さま…?」
「ごめんよ。フロン。私は長くはここにいられない」
天界の住人が、普通来られる筈のない魔界にやって来たのだ―――無理はない。
フロンも初めてここに来た時は、ラミントンから貰ったペンダントなしではまともにいられなかった。それは、ラミントンとて同じことなのだ。
「それに…、あまり長居しては、私の気配に誰かが気付く。あの若き魔王も、天界の住人の気配に気付かぬ程、抜けてはいないだろうからね」
「………ラミントンさま…もう、行ってしまわれるのですか……」
しゅん、と落ち込んでしまったフロンの頭を、再びラミントンは優しく撫でた。
「また、来るよ。おまえは私の大事な花なのだから」
「……?」
ラミントンが何を言っているのか、フロンはよく分からない様子だった。
が、なんとなく―――ラミントンが、フロンの事を想い、慰めてくれているのだけは分かった。
「じゃあ、フロン」
「あ…!」
ばさり、とラミントンが勢いよく翼を羽ばたかす。行ってしまう。咄嗟に不安が過ぎったフロンが、思わず、ラミントンに近寄ると―――
舞い散った羽根が目の先を掠め、
白い翼に吹き飛ばされそうになった小さな体を、
自分のそれよりも大きな腕が我が身を寄せて―――
一瞬ひどく感じた温もりと共に、柔らかな感触が、フロンの額に触れるのを感じた。
「!」
思わず、眼を見開く。
が、既に目の前には、舞い散る何枚もの羽根が、右往左往に飛び散る様しか残っていなかった。
もう、行ってしまった。そう気付いた時には遅すぎて、へたり、とフロンはその場に座り込む。



(………ラミントンさま……)



なんだか重く感じる腕を上げて、指の先で、額に触れる。
まだ感触の残るそこが、自らの熱で、みるみるうちに熱くなっていく。
熱いのは額だけではなくて、顔も、手も、体中全てが。さきのラミントンがした、額への口付けで―――火照っていくのを、ひどく感じた。



(さっき、わたしを呼んでいたのはラミントンさまだったのですね)



(………また……逢いに来て下さいますでしょうか……?)



窓の外を見上げれば、そこにあるのは、赤い月と、彼処に舞い散る白銀の羽根…。
彼が確かにここにいたのだという跡を感じながら、フロンは暫く、吹き込む風に身を任せた。
フロンは待った。この火照りが冷めた頃、訪れるであろう睡魔への誘いを。
それまで、もうしばし、目を瞑る。彼のいた感覚を握り締めながら。
天界でいた頃の思い出を、夢を見るような。そんな、優しい、眠りにつくまで………。










あとがき。
以上、ラミントン×フロン話でした…!
フロンちゃんを書くのが意外と難しくて色々困りました。エセっぽくて申し訳ないです。
ED後、天界を懐かしむフロンちゃんのもとを訪れるラミントン様と、フロンちゃんにおでこちゅーするラミントン様が書きたかっただけでした。ED後もラミントン様は生きていると信じてますので、こんなのあったら嬉しいなと。(ええ、私は完全にグッドエンド希望者ですとも)甘いよりはほのぼの。そんな感じが理想です。
ここまで読んで頂いて、有難うございました!楽しんで頂けたら幸いです。



ブラウザバックでお戻り下さい。

2style.net