いっそそのままでいられたならば。 何も悩まずにいられたかもしれない。ただ、見守っているだけで良かったのかもしれない…。 それなのに、踏み越えてしまった境界線はどうすればいいのだろう? 俺は君の守護者なのに――― ガーディアン 月夜が眩しい、アーガイル大陸の夜。今俺が所属する“蝶の目団”という盗賊団が、今回の獲物を盗むのに成功した一貫とかで、ふと寄った町で、俺は一人空を見上げた。月が酷く眩しい。藍くぼんやりと光るのがなんとも不気味だ。そのくせ、不思議と惹きつけられるその輝きに、目が離せなかった。 「ソル、行くぞ」 ふと、声をかけられる。声をかけたのは、“蝶の目団”の団長のヴィクトールだ。その重々しい声で我に返れば、思い出す。そういえば今は、酒場に向かう途中だったと。 …生憎、気はのらない。もともと酒などあまり好かない――剣の腕に支障が出るだけだ。 しかしこの団長に反抗する気にもならない。後が面倒臭くてしょうがないだけだ。仕方なく、重い足取りを進めて、団長と他の盗賊達と共に酒場へと入っていった。 中は上にぶら下げられたランプで薄暗い。外よりかは明るいものの、人工的な光が放つ黄色っぽい輝きが、なんとも先程見たつきの輝きとの違いをありありと表していた。 カウンター近くの椅子に座ると、団長が酒を頼む。他の盗賊達も続けるように酒を頼み、次々と小さめのコップに入った酒がテーブルの上に並んでいった。大量に飲むつもりの奴が、あらかじめテーブルの上に酒のビンを用意してたりもした。 「お前も飲め。ほれ」 半ば無理矢理に酒を進められるが、上手く水とすりかえて飲んだ。既に酔いのまわった連中相手、誤魔化すのは容易だった。 暫くすると、何処からともなく数人の女が此方に寄ってくる。まずは団長に2、3人一気にもてはやすように群がると、艶っぽく誘惑をし出した。どうやら、そういうものが目当てらしい。 無視して酒と偽った水を飲んでいると、此方にまで女が寄ってきた。団長の隣に座ったのが運のツキだったようだ。周りをチラリと横目で見れば、既に女達の誘惑に負けて早々に酒場から出て行った者も多々居た。団長も、ご機嫌で妖しく笑っている。 「あら…お兄さん、綺麗な顔してるわねぇ。お姉さんと遊ばない?」 生憎まわりとは違ってそんなことに興味は一切ないので、無視する。が、女はそれに業を煮やしたのか、首に手を回してきた。耳元に口紅を妖しく塗りたくった唇を寄せると、誘惑するように呟く。 「つれないわねぇ……お姉さん、魅力ないのかしら…?」 そんなことを呟かれても、生憎眉がピクリとも動かないのが現実。いい加減付き合うのも嫌になってきて、コップをカウンターにカタン!と音を立てて置くと、まとわりつく女を振り払って早々に酒場を後にした。 再び、あの藍い月が瞳に映る。 外の冷たい風に吹かれながら、どこへともなく、ほぼ直感のまま歩き回る。何処へ行く気も無く、ただ暇潰しの為。朝までに団長達と合流すれば、特に問題もない。今から寝るのも一つの手だが、まだ寝るのには早い。まだ月があまり傾いていない。だからこそ、気の向くまま、歩を進めた。 暫くすると、森の中に入った。より薄暗い、うっそうとした森に。 月光は行き届いているので、まだまわりは月明かりで藍いような気がする。あまり奥へ行くのは得策ではなかったが、この辺にはクリーチャーも出ないので大丈夫だろう。そんな事を思いながら、ただ一心不乱に歩き回っていた。 …ふと、微かな水音を聞いた。 音一つ聞こえない静かなこの森での音は、何かがいるという証。 確認しない訳にはいかず、腰にかけた大剣に手をかけたまま、音の聞こえた方に進んだ。気配を消して、足音ひとつ出さず、鋭い瞳を細めたまま。 邪魔な草をそっとかきわけて、視界を遮るものを除けていく。すると、透き通るように美しい泉が目の前に現れた。 「……これは…」 思わず見惚れていると、いきなり近くでガサガサッ!と大きな音が立ち、我に返ってとっさに剣に手をかける。が、その手はすぐ離れ――そのかわり、思わず口から零れた呟き、ひとつ。 「リズ…?」 「………ソル」 幻影かと思うほどの人物が、そこに、いた。 「……リズ、何故ここにいたんだ?」 「……………」 「ま…いいけどな」 リズと呼ばれた女性は、泉をずっと見つめたまま、土の上にしゃがみ込んで押し黙っている。彼女も“蝶の目団”の一員であり、彼女がいたからこそ今“蝶の目団”は大盗賊団になったともいえる人物。一人捨てられていた所をヴィクトールに拾われて育てられ、その恩義にと彼女のもつ不思議な力を使わされていた。 彼女は人を避けている。 仲間はいるが、友はいない。育ての親はいるが、そこには例え拾いの親の親子愛すらも、何もない。彼女はずっと一人だ。何故此処にいたのか、それすら少し考えればわかる。“彼女はひとりぼっちだから”…ただ、それだけ。 その体を縮こませて屈む後姿でさえ、何処か切なさを覚えさせる。 その彼女の為に、俺はここにいるといってもいい。俺は彼女の全てを知っているのだから。そのために、ここにきたのだから。 決して、それを伝えることがなくとも。 「……………ソル」 「…あ……なんだ?」 ずっと押し黙っていた彼女が、いつの間にか立ち上がり、此方をじっと見ている。その翡翠の瞳で一心に見つめられると心が揺らぐのは気のせいではあるまい。俺の言葉が思わず裏返るのに彼女は気にもせず、そのまま口を開いた。 「…………」 すっ、といきなり手を俺に伸ばす。驚いて、思わず足が下がる。すぐ後ろにある樹にぶつかって後ろに後退するのは遮られた。しかし彼女は気にせず、そのまま俺に手を伸ばす。そしてその細い指先は、俺の左肩にトン、と触れた。 「痛うッ…?!」 いきなり左肩に鈍い痛みが走る。 痛みに耐えかねて眉がピクリと動き、体が一度ビクッと震えた。リズがやんわりと痛みが迸るところを、俺の抵抗にも負けずに撫でると、彼女の掌には血が滴っていた。 「…!」 「…………どうして、我慢していたの」 有無言わせない瞳が、此方を見る。 「手こずって怪我をした。が…たいしたことないと思って…放っておいた」 言い難そうにそう伝えると、リズはソルに近づき、腕に纏われた黒の服を思い切り下げた。冷たい風がひんやりとあたる感触に、ソルがまた眉をひきつらせる。痛々しい、血に滲んだ傷跡が露になった。 “どうして、こんなになってまで” 傷を見つめる、リズの悲痛な瞳がそう言っているような気がして、俺は胸が痛くなった。 「……すまない」 咄嗟に謝った言葉に、リズは無言で俯く。次に何をしたかと思えば、何処からともなく現れた彼女の道具袋から、非常用の応急処置道具が飛び出し、ほんの数分で俺の腕には綺麗な包帯が巻かれていた。あの先程までの痛々しい傷跡が何処へやら、それほどまでのギャップが残る俺としては、ただただ彼女の意外な起用さを見つけて関心するだけだった。 そして俺はもうひとつ見つけてしまった。 「……有難う、リズ」 ふるふる、と彼女が首を横にふる。手際よく道具袋の中にまた取り出したものをしまい、ひと段落着いた彼女は、ふと俺のほうに振りむいた。俺もそれに気がつく。無言で見詰め合うと、その翡翠の瞳に俺が映っている事が気恥ずかしく思う。見惚れそうな勢いに正直戸惑う。 「………ソルはどうして此処にきたの」 そうこうしているうちに、彼女は珍しくも俺に話題をふっていた。 「ああ…そうだな。団長に誘われて酒場にいったが、女に喰われそうになったから逃げてきた…こんなもんさ」 からかうようにそう話すと、途端、彼女は寂しそうな表情に変わった。 何かまずったかと俺が慌てていると、彼女は此方を見つめてくる。翡翠の瞳が、俺を見ている。 まるで甘えたいと懇願する小動物のように。寂しさに震えた少女のように。いつものような、寂しさを抱えながらも何者をも寄せ付けず、感情を押し殺したような彼女ではない。 「ソルは……」 まるで、それは俺を―――欲している、かのような錯覚に捕らわれる。 彼女にとっての、団長や仲間達のような、ただの他人ではなく。もっと、もっと違った存在に。 ずっと一人ぼっちだった彼女が始めて何かに頼る、それが俺であればという欲望に捕らわれる。 頼むからその瞳で俺を見るな。 守護者故に固めてきた決意が、その瞳に篭る媚薬を受けて薄れていく。 「………私からは、逃げる?」 眩暈がした。 「………ッ、あっ…!」 あれからの流れがよく覚えていない。が、俺は今確かに、今ここに居て、今確かにリズは俺と繋がっている。 「声を我慢するな……」 四つん這いのまま、彼女に覆いかぶさる形になっている。そのまま彼女の顎を掴んで上に上げさせる。軌道を確保したからなのか、彼女の小さな口からは先程とは比べものにならないくらい甘美な喘ぎが漏れた。 「そう…それでいい」 彼女の上に結ってある髪の毛をとめるリボンをほどいて、床に落とす。途端、ふわっ、と柔らかな髪の匂いが俺の鼻をくすぐった。 たまらず彼女を此方に無理矢理むかせると、貪るような口付けを交わした。 「んん…むっ!ふっ、あっ…」 苦しさに喘いで、彼女は小さな抵抗をして唇を離す。 普段からはまるで想像の出来ない彼女の姿に、欲情するのもまた事実。 しかし、それ以前に守護者の分際で彼女をこのような行為で汚す罪悪感がより一層俺を燃え上がらせる。 「ソル……」 それ以上その声を聞いていられない。ましてや、俺の名を呼ぶなんて、耐えられなかった。それを塞ぐように口付け、そして離れれば、彼女との間にぬめりとした糸が一本這った。 互いにその唇に酔いしれる間もなく、思い切り貫けば、より一層彼女が喘ぐ。 一度悪戯するように体を離し、彼女の体を此方に向かい合わせるようにして、もう一度繋がる。そして、何度も何度も彼女を貫いた。 「リズ…リズ……」 「はっ…、ああっ…!ソル、ソル!」 リズが俺の背中に手をまわして、胸板に顔を押し付けると、思い切り声を押し殺した。けれども響く声が、俺の耳元に残っていった。 やがて互いにその極みへと駆け上り、互いに体を明渡すと彼女は俺の中で果てていった。 朝方、目を覚ますと隣にリズが眠っていた。 昨日のことを思い出して、思わず髪の毛を鬱陶しそうに掻く。 理性が蘇ると、昨日の自らがしでかしたことに、ただただ嫌悪と後悔の念を感じて止まない。 ただの守護者でいようと思っていたのに。 俺が彼女の特別な存在になれるという夢を見てそれに酔ってしまった。 早々に身支度を整えると、未だに寝台の中で眠る彼女を見下ろした。 ふと、視線をずらすと、そこには血が点々と落ちていた。 「!!」 自らの犯したことに更なる罪悪感が生まれる。 たまらず、宿を出て外へと駆け出そうとした。――が、途端に手を掴まれて後ろに引っ張られた。 何事だと思い後ろを見ると、俺の掌は確かにリズの細い手に掴まれていた。 振り解いてしまおうと思えばいつでも離せるこの手に、ただ咄嗟に掴まれた…それだけのことで、僅かながら先程の嫌な気持ちでいっぱいになっていた俺の心が救われるような気がした。 どさ、と気が抜けたように未だ彼女の眠る寝台に腰掛けると、そっと彼女の寝顔を覗き込んだ。 その寝顔は何も考えていないような、慈悲のようなもの。 ただ、美しいとだけ思う。 目が離せない。 彼女に握られた手をそっと握り返して、未だ自由な方の手を伸ばすと、そっと彼女の額を撫でた。微かに彼女が身じろぐが、起きる気配はない。 意識しながら…、初めて彼女にこうして触れたのを思うと、様々な感情が俺の中で混ざっていった。 そして、その中で俺は確かに確信し、それ故に後悔した。 ただ、守護者として干渉も何もしなければよかった。 彼女を守りたいあまり、必要以上に触れてしまった。…いや、本当はそれがしたかったのだ。俺の中で確かな欲望が生まれてしまった。…せめて、俺の傷にただ一人気がついて治療してくれるような、彼女の優しさを知らなければ。 本当の“人間として”の彼女を知らないでいれば、俺はまだ引き返せたかもしれないのに。 …もう戻れない…… 「…リズ―――」 呟いて、そっと唇で彼女の額に触れる。 気付いてしまった、自らの想いに。守護者として抱いてはならない想いを。 願うならば、今だけでこの愚かな想いを断ち切れたら良いのにと願いながら。 役目を見失った守護者はどうすればいい? 自らとは違うものを愛してしまったこの想いはどうすればいい? 出来るならば俺を欲してくれれば良いと…… ひとりぼっちの君を傍で守りたい欲望が身を包む…… 今宵、君のぬくもりを失った俺の身に君が沁みる…… そうして、俺は確かにそこにいた――― あとがき。 ガーディアン。守護者です。ソルはリズのために蝶の目団に入って、相棒として活躍するうち二人は信頼しあっていくと思います。なので思いついたこのネタ。お互いにお互いの存在が必要と気付いたけれど、それは出来ない…みたいな、もどかしい恋愛を描いてみましたが、撃沈(滝汗 やっぱり私には難しい恋愛は向かないようです。というかこれ非恋?(汗 珍しく男性視点で書いたせいもあるかなあ…いや、この二人幸せで終わらせたいです、ホントに! ジャンル外ですがこの二人は好きなんでまた機会があれば何か書きたいですね。 *この小説に感想を送って下さる方は拍手・またはメールでお願いします。 ブラウザバックでお戻り下さい。 |