FOLL IN LOVE DRUG



「ふっふっふ…ついに手に入れた…!これで大佐のハートはゲ――ット!ふふふふ…!」

真っ暗な空間の中で、とある一人の少女の怪しげな声が唐突に響いた。
…これが、全ての前兆であった。





FOLL IN LOVE DRUG





「た〜い〜さ♪御機嫌ようで〜す♪」
「お早う御座います、…おやアニス。今日は一段と機嫌が良いですねえ」
「そうですかぁ?やっぱりそう見えます?うふふ〜♪」
清々しい、バチカルの朝。この間のナタリアの件や条約の件がひと段落して、ようやく短時間ではあるものの暇が取れたルーク一行。それでナタリアが迷惑をかけた御礼にと、バチカルの宿で皆は休息をとっていた。そうしてここに泊まってからの翌日のことだった。
……朝から何故か、異様にアニスの機嫌が良い。
彼女は低血圧というわけではないので、別にテンションが高いのもさして変ではないが、高すぎる。異様にいつもよりテンションが高すぎる。…その様子は、朝食をとりに集まったティアもガイもナタリアも、皆そう感じてしまうほどだった(ちなみにルークはまだ寝ていてミュウが起こしに行っている)。
そんなアニスの様子に違和感を覚えながらも、どうしたの、と問うのにも気が引けた。…そうしてほぼアニスのペースに引っ張られ続けたまま、朝の時間は過ぎていくのだった。






昼頃、アニスは皆が部屋を出て行って一人になったのを確認すると、念入りに寝室の方にこもり、ドアにしっかりと鍵をかけた。そうしてカーテンも閉め、自分以外の侵入者の気配は一切ないのを確認した後、アニスは自分の道具袋から、小さめの小瓶を取り出した。
「……ふふふ。苦労したけど、ようやく手に入ったこの秘密兵器…勝負は今日の夜ですよぅ!」
小瓶の中には、なにやら怪しい彩りをした、丸薬が何粒も入っていた。そして、小瓶の底に貼り付けられた小さなラベルには、こうしっかりと描かれている。
“惚れ薬”。
更にアニスは道具袋の中から紙切れ…尚且つこの惚れ薬の使用法を書いたメモを取り出し、念入りに熟読する。実のこの惚れ薬、バチカルに来る前に、条約締結に立ち会って貰う様アスターの屋敷に行く際に…こっそりと寄ったケセドニアの裏市場で手に入れたものだ(何処にあるんだそれは)。
裏商店から手に入れたものとだけあってかなり怪しい雰囲気を醸し出しているが、まあそこは気にしないで、アニスはメモの内容をブツブツと呟き始めた。
「……えっと…まず、この丸薬を一粒飲み物の中に入れ、全て溶けるまで念入りに溶かす…そして、それを恋する殿方に全て飲ませればその殿方はあなたの虜です☆…だって。なんっかうさんくさいけど……買っちゃったんだし、試さないのは勿体無いよね!」
そして上手くいけばこれはやったもん勝ちだ、と思いながら、アニスはまだ上機嫌に笑った。
先程決意したように、これを試す機会は、自分の食事当番がまわってくる今日の夜食の時。この機会を逃せば、次の自分の食事当番は約一週間後。今日の絶対的チャンスの逃す理由はない。…グッ、と一人アニスは決意を表すように握り拳を作った。そして同時に、ニヤリ、と笑う。
それと同時にバチカルの町を散歩していた約一名が異様な悪寒を覚えたのは、気のせいではないらしい。






――そうして、作戦決行の時が訪れた。
アニスはこの時を待ちに待ったかのように、どうしても緊張が先走ってか、体がうずうずしてしょうがない。焦らずしてもいいものの、やはり念入りに考えた作戦が何処か行き違ってはどうしよう、と心配で一杯なのだ。
(……今日は大佐の大好きなカレーだから大丈夫。絶対食べてくれる…そんで、そのあとにすかさず惚れ薬入りの水を差し出せば万事OKですよぉ!)
勿論、より水を断れなくするようにカレーは辛めにしておいた。皆にも水を御酌して周るし、ジェイド一人に水を差し出す訳ではないので怪しまれる事もない。アニスの作戦は完璧だった。…あとは、自然な振る舞いに見せかけてジェイドに上手く惚れ薬を飲ませればいいだけ。
そうして、いつも通り完璧に…そしていつもより辛めに作ったカレーを皆の更に置いて、アニスの作戦は始まった。
やがてルークや皆がテーブルの方に集まってきて、椅子に座り、上出来なカレーを見て歓喜の声を挙げる。 「今日はカレーか、美味しそうだなー!いただきまーす」
「美味しいわ。流石アニスね」
「ちょっと辛いけど、美味いな」 「……どうすれば美味しく出来るのか教えて頂きたいものですわ…」
ルークやティアもガイもナタリアも満足気だ。アニスはにやり、とこっそり口の端だけで微笑む。ここまでは順調だ。
ちらりとジェイドの方を見やると、ジェイドは静かに沈黙を保ちながらカレーを食べている。皆が美味しいと言っているのだから、味に支障はないはずだ。…そう自分に言い聞かせながら、暫くして皆がカレーを食べ終えたのを見計らうと、人数分の水を用意した。
水は自分で一つずつ配るので、惚れ薬を入っているのをとられる心配はない。
そう思いながら、ポケットからあの小瓶を取り出し、丸薬を一つ手に取る。そして、六つのうち一つにポチャンと落とす。たちまち丸薬はシュウウウ…と泡を出しながら溶け、完全に水と同化した。これで準備は万端だ。
コップを落とさないように気をつけながら、ルーク達一人一人に水を配りだす。
「はぁい、今日のカレーはちょっとスパイス多くしてみましたから辛かったでしょ☆お水をどうぞ〜♪」
「おっ、ありがとな!」
「気が利くな〜」
ルークの礼やガイのそんな言葉が響くが、笑顔で答えて、皆に水を配る。自分用のをテーブルに置いた所で、コップが一つトレイの上に残った。…それは、一番奥のほうにいるジェイド用の、そして惚れ薬が入ったコップだ。
「はい大佐、お水です♪」
「有難うございます」
ジェイドは疑いなくコップを受け取った。…後はそれを全て飲み干せばいいだけだ。
ジェイドのカレーの皿はとても綺麗に食べ終えられていて、そしていつもよりも多めに入れたスパイスのおかげで喉が渇いて居る筈。そんなアニスの予想通りに、ジェイドはゆっくりとではあったが、コップの水を全て飲み干した。
(…や、やった!これで大佐は…!)
思わず頬が笑顔を描きそうになったのをアニスは必死で堪える。手に持っているトレーの縁を、無意識にぎゅううっと強く握り締めてしまう。心の中で歓喜があがるのを堪えて、ジェイドの様子をアニスは見守っていた。
そして、ジェイドは空になったコップをテーブルに置いた。
「…た、大佐♪ど、どうですかあ?」
「カレーですか?美味しかったですよ。御馳走様です」
………あれ?
何故かジェイドの様子は全くといって良い程変わっていない。いや、全く変化は皆無。
…アニスはさっきとはうってかわって、表情が沈んでしまいそうになるのを必死で堪えた。






「……どう、して………?」
後片付けも終わり、もう就寝だけとなった頃、アニスは一人自分の寝室のベッドに寝転んだ。
確かに惚れ薬は完全に溶かして、意中の相手に渡して、全部飲ませた。……それなのに、どうしてジェイドに効き目がないのだろうか?何度考えても、何度あの説明書を読み返しても、その理由は分からなかった。
「……失敗しちゃった…のかなぁ…」
ごろん、と寝返りをうち、うつ伏せになる。枕元に置いたトクナガが、ベッドの浮き沈みに反応して僅かに揺れた。
目が自然と降りてきて、瞼を閉じる。電気を消しているが故に、カーテンの隙間から入り込む月の光だけが明るい、暗めな部屋の中で、アニスは一人考えた。
なんで大好きなお金をはたいてまで、惚れ薬を買い求めたか。どうしてそれを服用させたのか。
いつ頃からそう思い始めたのはよく分からないが――、自分はいつの間にか、彼を見る目が変わっていた。
――多分、それは…恋なのだと思った。
でも、ジェイドはいつも微笑みを絶やさないし、なんといっても喰えない性格をしていて、向こうがどう思っているかなんてアニスには到底分かる筈はない。何度かまるでやきもちをしたように攻めてきたりはしたものの、本気かどうかも分からなかった。
「…惚れ薬なんか、全然…意味ないじゃん」
今更だと思ったが、バカだなあと思った。
なんで柄にも泣く、惚れ薬なんか信じてそれを使用したのか、と。
「……大佐ぁ…」



「はい、なんですか?アニス」



「―――ッッ?!!」
突如聴こえた声に、アニスはガバッと起き上がった。声のした…ドアの方に振り向くと、そこにはまさにその惚れ薬を服用させた相手、ジェイド・カーティス本人だった。
「た、た、た、大佐、どうしてここに…」
「いやあ…朝からずっとご機嫌なアニスが、いきなり機嫌を悪くしたのでどうしたのかと思いまして…鍵がかかっていなかったものだから、失礼だとは思いましたが失礼させて頂きましたよ」
その気配に全く気がつかなかった自分も自分だが、もしかしたら、さっきの独り言を聞かれていたのかもしれない。その事に気付き、アニスは顔色を青くする。もし聞かれていたとしたらたまったものではない。一体どんな仕打ちをされるのであろうか。
「た、大佐…その、聞いて、ないですよね…?」
心配そうにアニスが恐る恐る問うと、ジェイドはにっこりと笑った。
そしてゆっくりと近寄り、ベッドに座ったままのアニスを見下ろした。
「勿論聞いてませんよ。」
「本当ですかぁ…?」
「本当に」
「そ、そうですかぁ……よかっ…ッ?!」
安堵したその隙に、アニスの視界が変わる。
宙を回るようにして辿り着いた視界は、さっきよりも間近で自分を見下ろしている、ジェイドの姿。
両腕を押さえつけられて身動きが出来ない。そして、冷静にこの状況を考えてみれば……一般的に、これは『押し倒されている』ということになるのだと悟った。
「た…大佐ッ?!」
「どうやら、私に惚れ薬…とかいうものを服用させたようなので、その効き目の程を教えて差し上げようと思いまして」
「さ、さっきは聞いてない、って…!」
「ええ勿論。全部は聞いてませんよ。失敗した、とか…そこらへんからは全部聞きました」
それはほぼ全部だー…!と心の中で叫ぶが、それは声にはならず、驚きの為か、ただ魚の様にぱくぱくと弱弱しく口を動かすばかり。頬も勿論真っ赤に染まって、焦りの気持ちで一杯な彼女を見下ろしながら、ジェイドはフッと笑んだ。
「……アニスもバカですねえ。私に惚れ薬なんかが効く筈ないじゃないですか」
「ッ?!」
声にならない驚きの声をアニスがあげると、ジェイドはよりその距離を縮める。
「…………度々私が、貴女の行動に妬いているところで、気付けばよかったのに……」
ジェイドは多くを語らない。
けれども、その言葉を理解しなくても――彼のアニスを見下ろす瞳が、教えてくれたような気がした。
アニスの瞳が、まるで今の状況が夢なのだろうか、と思わず疑ってしまったように大きくなる。そんなアニスを見てジェイドは一度、口の端だけで微笑む。…そして、ゆっくりとそのアニスの腕を押さえつける自らの手に重力をかけていった。
距離がまたたくまに縮まり、ついにはあと交わるまで、数センチ。そこでアニスが弱々しげな声を出した。
「た、大佐…ぁ…」
「…なんですか?アニス」
僅かに、アニスの瞳が潤んだ。
「…大佐、すっ…んんっ!」
言葉の動詞を発する前に、素早く純な唇を奪い、その先を意地悪く塞ぐ。
それでも頑張って言葉を発しようとするアニスを、更にジェイドは何度も言葉の先を妨害し、何度も何度も様々な場所へと口付ける。やがてアニスが言葉を発せられず、熱い吐息を吐くだけになったのを見計らうと、ジェイドはアニスの額に、こつん、と自らの額をつけた。
「…あなたが薬を使おうとした時点で、大体分かってますから。今そんなことを言うと…本当に抑えが効かなくなるから、止めた方が良いですよ?アニス…」
そのまま、ジェイドはニヤリと微笑んだ。アニスは思わず、吃驚した表情を隠せない。
「……ま、とにもかくにも、念入りに優しくしてあげますから。覚悟はよろしいですね?」
そして、一端その押さえつけている片方の手を離したかと思えば、まるで追い討ちをかけるように、健康的そうなアニスの太股に触れ、するりとくすぐるように撫で始めた。その間隔に、思わずアニスは口を大きく開いて声を出す。
「―――た、大佐ぁぁあッ…!?何やってんですか!!」
「今更分からない…とかは、ないと思いますが」
「わ、分かってますけど、本気ですか―――ッ?!」
「勿論です♪」



ようやく発した言葉も、恐らく数秒後には、異様に楽しげで、怪しげな笑顔を浮かべている彼に、また塞がれてしまうのだと予想しながら。



少々…いやかなり目的から外れてしまったものの、あの惚れ薬の効き目は一応あった…
…と、そう信じてみるのも間違いではないらしい。










あとがき。
ジェイアニで惚れ薬ネタでした。
多分大佐はアニスのことをストーカー的に見てるから(え)少しの企みもすぐ分かります。なのでアニスちゃんはいつも大佐に負けるといいです。
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