殺風景な室内で、濃い緑色の髪をした青年――ティトレイが小さな椅子に腰掛けている。
まるでロッキングチェアのようにギィギィと音をたたせている。彼が体を前や後ろにと頻繁に傾けているからだ。
手元には少々厚い本を持っており、彼はそれに精神を集中させている様に見える。
題名は「a detective story.」巷で言う推理小説だ。この間何処かの誰かに犯人をバラされたらしく、今度は一人でゆっくりと
犯人探しをしようと一人個室に入り、こうして本に読みふけっている、と言う訳だ。
しかし、そんな彼の元へ現れたひとつの影が、ひっそりと見えた―――。





Charisma.





ドアを開けて、後ろからじりじりと近寄って行った。当の彼はというと、まだ気付かない様子である。
なので思い切って、彼の髪をがしと掴んでやった。
「…おうわっ?!!」
流石にこれは驚いたらしく仰け反ってあたふたと面白い反応を繰り出している。
やはり髪を引っ張られる感触は効いたのだろうか、と引っ張った女性はふ、と微笑した。
そんな彼女を前にして、ティトレイは掴まれたままの髪を携えたままぐるりと振り向き大きな声で言った。
「…ッ、なにすんだよヒルダ!」
「だって気付かないんだもの、あんた」
そんな事言われても…、と不満をもらしながら、ティトレイの顔が少々歪む。
何せこの間見た推理小説の犯人をバラしたのは他でもない彼女なのであるから。
何よその顔は、とヒルダにつっこまれたが気にせず別に、と反論してまた本を見ようとした。
だが本は手元になく、よく見ると足元に無残に落ちていた。
「……あ」
どうやらさっきヒルダに髪を引っ張られて仰天した拍子に落ちてしまったらしい。
しゃうがないな、と本を取る為に前屈みになって手を伸ばした。
だが、ヒルダに髪を掴まれている為に伸ばしてもあと数十センチ届かない。
「あの〜…ヒルダさん、離してくれると嬉しいんだけど、さ」
少々控えめに頼んでみる。が、ヒルダは黙したまま未だに髪を掴んだままだ。…予想はしていたが応じる気はないらしい。
「ヒルダ〜…」
名をもう一度呼んでみるが反応はない。ティトレイは諦めたようにどかっと思い切り体を後ろに戻した。
「もう、気が済むまで好きにしてくれよ」
だるけた声を出してそう言うと、ヒルダはふ、と微笑して口を開けた。
「本当に好きにしていいのね?」
「ああ」
そうすると、ヒルダはありがと、とひとつ言っていきなり部屋から出て行った。なんでだ?と疑問を残しつつ、
この機会を無駄にするわけにもいかないのでここぞとばかりに屈んで本を取った。






「ヒルダ、何処行ったんだろ」
もう数分経っているのだが未だにヒルダが帰ってこないのでティトレイは思わずそう言葉をこぼした。
この時間を使って本の続きを読めばいいのだが、どうもそんな気になれない。
だいたい落とした際にどこまで読んだか分からなくなったのもその原因のひとつでもあるのだが。
さっきいきなり出て行って、一体何をしているのか。
もしかしたら、途中で何かトラブルでもあったのだろうか?
もしも、この予想が的中していたらどうしようかと、思い知れぬ不安が急に湧き出て落ち着けない。
体がうずうずして、ここにこのままいるのがなんだかもどかしくなってきた。
もうただ座ってはいれなくて、思わずがばっと立ち上がった。
「お待たせ」
「…あれ、ヒルダ」
立ち上がった瞬間にまさか当の彼女が帰ってくるとは思わず、なんだか勢い良く立ち上がった自分が恥ずかしくなってきた。
「何立ち往生してるの、あんた」
とまさにその通りな事を突っ込まれて余計恥ずかしさに顔が包まれる。顔が熱い気がするので、きっと赤面しているだろう。
「…べ、別に何も」
まさか彼女の身を心配してました、なんて言える筈ない。だって彼女は何事もなさそうに普通に帰って来たのだから。
「…そ、それはおいといてだな、なんで遅かったんだ?」
これ以上突っ込まれるのも部が悪いので話題を変えて彼女に質問した。
「ああ、ちょっと道具を探すのに手間取っちゃって」
道具…?、と疑問をもらしながらヒルダが持っているものを見ると、それは細かい細工の施された櫛(くし)とカラフルなゴムが数本握られていた。
「…ひ、ひ、ヒルダ、もしやそれは…」
恐る恐るヒルダに声かけてみると、彼女はニヤリと不適に微笑んで、手に持つ櫛とゴムを見せ付けるようにくるんと器用に回して見せた。
そして、今度はニッコリと笑んで言う。
「ちょっと、いじらせて貰うわよ」
ティトレイは背筋がすこーし凍りつくのを感じた。






ティトレイを椅子に座らせて、ヒルダが彼の後ろで立つ。そんな体勢をとって、ヒルダのティトレイの髪遊びが始まった。
「動かないでよ」
まずはそーっと金色の頭あてをはずして、隣にあった机にとんと置く。
それから、ぼさぼさのティトレイの髪を真ん中で、横でと色々なところでくくろうと優しく撫でながら掴む。
掴み難いからと手袋を外しているヒルダの手が、髪に触れる度に暖かなぬくもりを感じさせて、なんだか胸がどくんと鳴るような気がした。
(なんだこれ…、へんな感覚)
もどかしいのに、こうしていたい。ちょっと嫌だったのに、ちょっと嬉しい。
わけのわからない感覚に浸りながら、ティトレイは本のページをゆっくりと開いた。
その間にもヒルダが髪を弄んでいる。
くっ、と少々強く掴み、ゴムをねじって髪をしばる。髪が引っ張られる感触にピリッとした痛みを感じつつも、
そのまま耐えてヒルダの手に身を委ねた。
本に集中しようと思いつつもなんだか集中出来なくて、それならいっそヒルダのしていることに興味を示した方が良い気がした。
いつの間にか本は開かれたまま膝に降ろして、眼を瞑りながら感覚に浸ってしまっていた。
そんなティトレイの間の前にどこからか持って来た鏡をひょいとやって、髪の出来栄えと満足気に微笑む彼女の笑顔を見せてくれた。
「…何コレ」
「後ろでひとつ、しばってみたの」
いつも自然体な髪を全部後ろに持ってきて、後頭の上の方でひとつにしばる。ヒルダ曰くポニーテールらしい。
「これだけでも印象変わるものね。あんた、もう少しイメチェンしてみたら?」
「駄目駄目!俺のポリシーは自然体だって言ったろー?!」
そう言うとヒルダはああそう、と言ってポニーテールをほどきにかかった。
「ひょっとしてまだやるのか?」
「試してみたい髪型はまだまだあるのよ」
自由は少々奪われるが、まあ嫌でもないのでもうちょっとつきあう事にした。
次はふたつで左右をしばったり、みつあみを作ってみたり、ちょっと工夫して編みこんでみたり。
出来上がる度に見せられる自分の髪型の変わり様に、ティトレイはほーと呟いて感心を示す。
最終的にはティトレイが気に入ったらしいオールバックで後でひとつしばった形になった。
「以外といいもんでしょ?髪型変えるのも」
「おう!結構楽しいぜ!」
ティトレイが嬉しそうに応える。ヒルダも満足気な顔をして、フフンと得意気に微笑んだ。
「あ、そうだ」
「何?」
ここで何かティトレイが思いついたらしく、ヒルダがそれを尋ねる。
「俺もヒルダにやってやるよ!」
「…はぁ?」
なんて無謀な事を言い出すのだろう、とヒルダが顔を驚愕させた。この熱血馬鹿男が、今まで人の髪をしばったりすることなど
出来るわけがないとだいたいの予想がつくのだから。
「あんたそれ本気で…」
「やって見なきゃわかんないだろ?いいから、ホラ!」
「ちょ…」
あっと言う間にさっきまでティトレイの座っていた椅子に自分が座らされ、ティトレイは準備にと手袋をはずす。
ヒルダは少し前に帽子を被って生活していたが今は角と耳を隠すことはなく、帽子ははずされたまま。
なのですぐにティトレイはヒルダの髪に触れた。
(…柔らかい)
見かけでも大体想像していたけど、ウェーブがかったヒルダの髪の毛は予想以上にふわっとしていて、手に触れた時の滑る感触が心地よい。
さっきまでヒルダがやっていた事を真似るように、くっと優しく掴んだり、ひとつにくくろうと髪を撫でながらまとめる。
「…以外とやるのね」
「へへっ、さっきどんだけやられたと思ってるんだ。」
得意気ににかっと笑ってみせた。その顔はきっとヒルダは見ていないだろうけど、きっとその顔をヒルダは容易に想像していただろう。
引き続きひとつにくくるためにティトレイが手を動かす。
下の髪をもってこようと、髪の裏に手を入れて、触れる。
そうすると、普段は決して見る事の出来ないヒルダの細い首筋が視界の中に入ってきた。
「…!」
何もしていないのに、ただ見るだけでなんだか胸が高鳴ってしょうがない。
妙に感じてしまう色っぽい光景に見入ってしまい、手が止まってしまう。
「…どうしたの?」
「え、あ、べべ別に…」
ヒルダに声かけられて初めて、首筋を見入ってしまっていた事に気が付いて、慌てて手を動かした。
しかし焦ってしまった為に、ヒルダのうなじに思わず指先が触れてしまう。
とても暖かくて柔らかい部分に触れて、心臓が思い切り大きくドクンと高鳴る。
(あ……)
「…あっ!」
「ごご、ごめん!」
いきなりヒルダが色っぽい声を出したので慌てて謝る。ヒルダは触れられたうなじを押さえていた。
「…い、いえ、別にいいのよ。」
でもいつも凛々しいヒルダの顔が赤く染まり、声になんだか弱弱しい雰囲気が漂っていた。
「ヒルダ…」






「…ちょ、ティト、レイ…?!」
気付いた時には、後ろからヒルダを抱きしめていた。
微かに見えたヒルダの横顔が、赤くなっていたのを見てティトレイの心を余計高打たせる。
そのままガジュマの耳に優しく口付けると、ヒルダがピクンと体を強張らせた。
「ティ…トレイ…」
なんだか急に、彼女が愛しくなってしょうがなくなってきた。
もう片方の耳を下から掴むと、くにゃんとあっけなく耳がぺたんこになってしまう。掴み離しを繰り返してその柔らかさを確認する。
それからぱっと離すとへこんだ感覚を振り払うようにぴくぴくと激しく耳が揺れた。
その間にもヒルダが唇を噛み締めて声を殺しているのが分かって、何故か分からないけど勝手に口の端が持ち上がってきた。
「我慢するなって、気持ち良い癖に」
「そんな…こと」
「素直じゃねぇなぁ」
耳を弄んでいた手を肩に伸ばし、ぐい、と思い切り引き寄せる。自分の体を後から彼女の横へと移動させて、彼女が逃げられない様にした。
そうしたらヒルダがこちらに視線を運んできて、見詰め合う形になった。
「…ヒルダ」
「あ…」
次第に距離が近くなっていく。
もうすぐ辿り付けるのに、激しくもどかしい感じが背筋を走って、体が密かに武者震いをし出した。
唇と唇との先端が触れると、何故かそれだけでピクン、と体が反応した。
そのまま吸い付く様に全体を銜え込んで、まるで飴のようなものを銜える様に口付けした。
ひどく吸い付かれる感触に、ヒルダの体が時たまピクンと敏感に震えるのが回した腕越しに分かった。
「……っ」
口の中に舌を入れるのはせずに、ヒルダの唇をペロと舐めた。それだけでまたヒルダが反応するのが分かる。
「…ヒルダ、好きだ」
「んっ…」
返事を待たないままもう一度口付けて、荒くなっていく吐息を直に感じる。
自分がこんな事をするなんて今まで考えた事も無かった。ただ――彼女が居たから、出来たのだと。
そんな風に思って方に回す腕の力を強くしてやれば、そろりとヒルダの腕が胴のあたりをつたって来たのが分かった。
そのまま腕は背中に辿り着き、両の手が再会したように指先をひとつふたつとあて、それからティトレイの背中の服をぎゅっと掴んだ。
さきに聞かなかった返事が、まるでそれに込められているような気がした。
(好きだ……)
窓の向こうで緩やかに落ちる日が、二人交わった影を映し出していた。






「あのさー」
「何?」
あれからしばらくして、夜も更けた頃に二人が食事をとっていた。
ティトレイはさっさと済ませたらしく、既に自分の食器を一足早く洗っている。
その髪にあるのは、あれからずっと結ばれて結われたままの髪の毛。おでこが少々寂しい気がする。
そして、忘れたものがひとつ。
「…俺の髪飾り、いつになったら返してくれんの?」
「あんな所であんなのしたの誰だと思ってるの。まだに決まってるじゃない」
背に腕回してきた癖に…、と言いそうになったが言わないで置いて、ひとつ溜息をついて食器を洗う手をまた動かした。
食器にあたって流れる水音が響く中で、ヒルダがこっそりと呟く。
「…かった」
「え?何か言ったか?」
「…べ、別に」
水音に阻まれて聞こえなかったので問いてみたけど、ヒルダが別にと言っているので空耳だったのか?と疑問に思う。
気のせいじゃなかったと思うんだけども、髪飾りをとられている者としては深く問いて機嫌を悪くすると返してくれないかもしれないので
疑問を残したまま、黙って台所の方に視線を戻した。
そんなティトレイの後姿を見つめながら、ヒルダが頬を赤く染めていた。



(…本当は、嬉しかった…なんて、もう一度言ってって言われても、言える訳ないじゃない)



太陽の沈んだ暗闇の中で、神秘的な光を放つ月明かりと、二人の居る小さな家から灯る暖かな明りが、優しく光っていた―――










あとがき。
ティトヒルで髪をいじくる話を描こう…!と思い、こんなのが出来上がってしまいました。
やっぱり私は徹底的にラヴラヴさせたいみたいです。話中にキスさせようと。野望だったので良かったです。(何ィ



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